汁に“小さな怪獣の手” 見た目は強烈ガゾウ汁 味は優しく豊かな風味
2021/06/08 05:30
「カメノテ」がたくさん入ったガゾウ汁=豊岡市竹野町竹野
兵庫県豊岡市竹野町の竹野地区で、夏が近づいたこの時期に、地元住民がおいしくいただく「ガゾウ汁」という郷土料理があると聞き、交流施設「なごみてぇ」(同市竹野町竹野)を訪ねた。目の前に出されたおわんを見て少しぎょっとした。3~4センチほどの小さな怪獣の手のようなものが汁に浮かんでいる。ネーミングも見た目もインパクトのある“漁師めし”を堪能した。(石川 翠)
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うつわに浮いていたのは、岩場で採れる甲殻類の「カメノテ」で、全国各地の磯などに生息しているが、市場でもあまり流通しておらず、マイナーな海の幸だ。鋭い爪とざらざらとした皮膚のような見た目は、名前の通りだ。
当日朝に採ってきたというカメノテの固まりをほぐして砂などを取り除き、岩場で一緒に採れたムール貝に似た「クロクチ(ムラサキインコ)」も入れて鍋でゆであげ、みそをとく。カメノテは一見貝のようだが、エビやカニと同じ甲殻類で、そのためだしが十分出るのだという。
おわんを持ち上げると磯の香りがふわりと鼻をかすめる。目を細めながらずずずっと飲んでみると、見た目のインパクトに反して、優しく、豊かな風味のだしが口の中に広がる。思わずため息が出た。
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“爪”と“皮膚”の境目を割ると、ピンク色の筋肉がつるりと出てきた。この部分が「冬場は身が細い」といい、6月上旬から8月末ごろまでが旬だという。
他にも食べたことのない海の幸を使用した料理を、御膳に並べてくれた。もう一つ初耳だったのは「ズメご飯」。ズメは同じく岩場で採れる貝類で、見た目は「ミニミニ」サイズのアワビのようだ。風味も良く、こりこりとした歯ごたえがくせになる。
焼きサザエやテングサから手作りしたところてん、ワカメの酢の物、ワカメのふりかけおにぎり、ワカメのつくだ煮と、盛りだくさん。
隣のテーブルで丼鉢いっぱいに入れたガゾウ汁をすすっていた漁師の浜上吉徳さん(70)が、カメノテにまつわる思い出を語ってくれた。
島根県隠岐島沖で1997年1月に発生した、ロシア船籍のタンカー「ナホトカ」の重油流出事故。当時、竹野の海も一面真っ黒でドロドロの油で覆われた。
地元住民も必死に除去している最中、カメノテを開けると中からどろりと黒い液体が出てきたという。「それでも酸欠になることなく、生きていた。一緒に掃除して海を助けてくれているのだと思った」としみじみと話した。
同じく漁師の渡辺幸雄さん(68)に海まで案内してもらった。当時の黒い海面が想像できないほど透き通った竹野の海を見回した後、岩場を歩きながら探してみた。岩の割れ目からにょきにょきと生えている“爪”が見えた。
強めに触っても、固くてびくともしない。「がっちりくっついているので専用の道具でしか採れない」。金属のへらのようなものでこそげとるらしい。
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ところで、ずっと気になっていた。ガゾウ汁の「ガゾウ」って何?
文献を探しても、地域の長老に聞いても分からない。
住民の1人が「『我』に『雑』でガゾウじゃないか」という。「我々住民が雑多に煮た、という意味かも」と推論する。そう言われればそんな気もしてくるが、謎は謎のまま。
漁師も少なくなり、地元の恒例行事「北前まつり」で振る舞われる以外には、なかなかお目にかかれないガゾウ汁。なごみてぇでも「食文化を後世につなぎたい」と子どもを対象に月1回、旬の食材を使用した料理を無料で提供していたが、現在は新型コロナウイルス感染拡大でいずれも中止になっている。
「我々」のガゾウ汁、受け継がれていきますように。