経験、体験が生きる力と心を養う 世界的冒険家の思いが詰まった「植村直己冒険館」
2022/03/29 16:30
冒険で使用した装備品が壁一面に並ぶ=植村直己冒険館
兵庫県豊岡市日高町出身の世界的冒険家・植村直己さんの足跡を伝える「植村直己冒険館」が、改装オープンから4月20日で1年となる。展示は偉業を支えた装備品から、その礎となった人柄を伝える内容に変わった。植村さんはどんな人物だったのか。そして、同館が目指すものとは。(丸山桃奈)
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1994年に開館した。当初は、世界初の五大陸最高峰の登頂▽北極点単独犬ぞり行▽日本人初のエベレスト登頂-を成し遂げたことを紹介し、装備品約200点が並んでいた。だが、来館者や植村さんの知人らの会話でよく出てくるのは、本人の人柄だった。開館5年後に記録映像を人となりを伝える内容に変更。改装オープンで、写真や人物像を示す逸話を記したタペストリーを充実させた。
小中学校で同級生だった元冒険館長の正木徹さん(81)=同市=は、当時の植村さんを「印象がないなあ」と笑って振り返った。「農家だったから、家の手伝いや牛の世話をしていたけれど、ごくごく普通」といい、「われわれと同じ、どこにでもいる、ごく控えめで内気な同級生」と語った。
「のちの植村直己の原点になるものはない。どこにでもいるような子が努力して、偉業を成し遂げた」と正木さん。そのため、昔から植村さんの幼少期を聞かれるたびに、「知りたいようなエピソードはない」と言ってきたという。展示でも幼少期のエピソードや写真は少ない。
同館の統括責任者、宇都宮岳尚さん(38)は、前任者から引き継いだエピソードを教えてくれた。
植村さんは明治大学への進学が決まった際、知人に部活に入るよう勧められたという。実家の裏山によく登ったことから「山登りなら誰でもできる」と、山岳部に入部。だが、体力がなくて練習についていけず、周囲に退部すると思われていた。悔しさから、毎朝9キロを走り込み、3年生では1年間で100日は山にこもった。一緒に入部した20人も、卒業時には植村さんを含む5人しか残らなかった。
その中の一人がアラスカに訪れ、当時の話と氷河の写真が植村さんの心を駆り立てた。「僕も氷河を見たい。外国の山に登りたい」。これが数々の冒険のきっかけとなった。
展示の装備品を目にした冒険家は「荷物が最低限すぎる」「これでよく冒険に行くもんだ」と口をそろえるという。植村さんの冒険の特徴の一つが、現地の生き方を学ぶ「共生型行動」だ。自分の価値観やルールを押しつけず、敬意を払う。現地の人々が作り上げた暮らしを体験し、寄り添おうとする心が冒険を成功させる秘訣(ひけつ)だった。
グリーンランドでは、縄跳びに興じて子どもの気を引き、家に招き入れてくれた。その家族がもてなしてくれたのは、アザラシの生肉。独特の臭みで最初は涙を流しながら食べたが、かぶりつくほどの好物となったという。
その姿勢が受け入れられて、現地の家に住み、一緒に狩りをし、獲物をさばいた。展示にはセイウチの解体やアザラシ撃ちを教わる様子の写真、アザラシの皮でできた防寒具などがある。同じ生活をする人と認めてもらえたからこそ、現地ならではの防寒の工夫や技術、知恵を身につけることができた。
どこにいても思いやる心を忘れなかった。エベレストに挑戦中、ベースキャンプで待つ隊員や日本にいる仲間のためにカメラを捨ててまで、リュックいっぱいに頂上の石を詰めた。グリーンランド、ネパール・カトマンズなどの世界各地から父や仲間に手紙を送り、一緒に登る仲間の家族にも、そっと手紙を送り続けた。仲間たちは家に帰った後、手紙に気づいたという。同館には30通の手紙が飾られている。
1984年2月12日、世界初、冬のマッキンリー単独登頂に成功。翌日に消息を絶った。捜索後、山小屋で何も書かれていない200枚の絵はがきが見つかった。「このはがき1枚が欲しかった」と、捜索隊員は泣き崩れたという。宇都宮さんは「感謝、思いやり、謙虚な心があった。だから人と自然を愛し、世界中で愛された」と力を込める。
改装後、展示の最後には植村さんの言葉を並べ、全国の挑戦者ら約100人も紹介しており、冒険者の聖地を目指す。大型遊具や壁を登るクライミングウオール、屋内外でのテント宿泊などが体験できる施設「どんぐりbase」も誕生した。宇都宮さんは「植村さん(の功績や人柄だけ)を伝えるのではない。植村さんを通して『経験することの大切さ』を伝える義務がある」と語る。
かの冒険家は「経験、体験は技術である」との言葉を残した。多彩な経験、体験が生きる力と心を養う。冒険の楽しさを子どもたちに伝えたい-。そんな植村さんの夢が、生まれ育った故郷で受け継がれている。