丹波

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兵士が隠れて的を掲げたという監的濠の跡。今は水が張られ、アスレチックの一部になっている=「ユニトピアささやま」
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兵士が隠れて的を掲げたという監的濠の跡。今は水が張られ、アスレチックの一部になっている=「ユニトピアささやま」
監的濠の端に残るれんが積みのアーチ。兵士はここを通って濠に出入りしたとみられる=「ユニトピアささやま」
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監的濠の端に残るれんが積みのアーチ。兵士はここを通って濠に出入りしたとみられる=「ユニトピアささやま」
監的濠の跡には水が張られ、フィールドアスレチックの一部になっている。この溝の中に的を持った兵士が隠れ、射撃が的中したかどうかを確かめたとされる=丹波篠山市矢代、ユニトピアささやま
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監的濠の跡には水が張られ、フィールドアスレチックの一部になっている。この溝の中に的を持った兵士が隠れ、射撃が的中したかどうかを確かめたとされる=丹波篠山市矢代、ユニトピアささやま
篠山歩兵連隊の射撃場があった「ユニトピアささやま」の駐車場。ここから北に向かい、射撃練習をしていたとされる=丹波篠山市矢代
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篠山歩兵連隊の射撃場があった「ユニトピアささやま」の駐車場。ここから北に向かい、射撃練習をしていたとされる=丹波篠山市矢代

 水辺に張り巡らされたアスレチックを、子どもたちが身軽に乗り越えていく。笑い声が響くその場所はかつて、篠山歩兵第70連隊(兵庫県丹波篠山市郡家周辺)の射撃練習場だった。土がたまり、水が張られた長さ30メートルほどの溝は、兵士が潜んだ「監的濠(かんてきごう)」の跡だ。

 キャンプ場や宿泊、懇親の場として親しまれる「ユニトピアささやま」(同市矢代)。連隊兵営跡の北西約2キロに位置する。1973年に当時の松下電器産業労働組合が保養施設として開村した。現在はパナソニックグループ労働組合連合会が運営する。

 「当時はもっと深い溝だったと思いますけどね。この中に兵士が隠れ、射撃の的を掲げたそうです」

 同施設営業チームリーダーの前岡輝昌さん(47)が「フィールドアスレチック」のポイントの一つ、「外濠(そとぼり)わたり」を指さした。

 「その的を狙って、100メートルか200メートル南、現在のグラウンドや駐車場の辺りから撃つ。弾が当たると、兵士は的を下ろして取り換えたらしいです」

 コンクリートで固められた溝の壁面には草が生い茂るが、所々に鉄線が見え隠れする。溝の一端には、濠に出入りするためのトンネルとみられる、れんが積みのアーチも残る。

 射撃場のすぐそばで生まれ育ち、現在もそこに住む柳沢孝省(こうしょう)さん(88)=同市=は、射撃練習の音を今も覚えている。

 「練習がある日は赤い旗が揚がってね。鉄砲の音が響いていました。近くに歩兵連隊がいるということは、心強く、誇らしかった」

 柳沢さんの長女・昌代さん(59)も、子どものころ、駐車場付近で近所の友達と一緒に「弾拾い」の遊びをした記憶がある。

 「緑がかった鉄の色で、ひしゃげていて…。もう50年も前のことですが」

 ユニトピア入り口付近に立つ看板は、ここが射撃場跡であることを記しているが、監的濠を案内する掲示はない。詳しく説明できるスタッフも少なくなっている。

 一方で、市民や教員グループが「射撃場跡を見学したい」と近年も訪れ、インターネット上には戦跡巡りのルポが上がる。

 前岡さんは二十数年前、ここで働き出したころに先輩から戦跡のことを教わったが、個人的な思いもある。曽祖父が大阪から現在の丹波篠山市郡家、兵営の近くに移り住み、連隊の馬の世話をして生計を立てた。自身もそこで生まれ、連隊のことや郡家通りのにぎわいを伝え聞いてきた。

 「ここは昔こうやった、こんな戦争があった、それで今の町があって自分がいるっていうことは、伝聞であっても伝えたい」。戦跡と知らずに遊ぶ子どもたちを温かく見守りながら、そう願う。

【メモ】「ユニトピアささやま」の入場料(自然環境維持費)は大人300円、小人200円。監的濠のあるフィールドアスレチックの利用料は700円。同施設TEL079・552・5222

    □    □

 篠山歩兵連隊跡で今も形を残すのは、いくつかの門柱と2棟のれんが倉庫、射撃場の監的濠(かんてきごう)などわずかだ。戦後75年となった今、連隊の様子を語れる人も少ない。だが町のあちらこちらに、そして体験者の語りを聞いた人の中に、戦争の記憶は残っている。連隊にまつわる有形無形の戦跡をたどった。(金 慶順)

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