丹波

  • 印刷
「便りの届いた日」
拡大
「便りの届いた日」
「便り読む午睡時」
拡大
「便り読む午睡時」
「返事を書く」
拡大
「返事を書く」
「隊長の部屋」
拡大
「隊長の部屋」
無題。見開きで小屋などが描かれている
拡大
無題。見開きで小屋などが描かれている

 雲部尋常高等小学校(旧雲部小学校)の元美術教諭で、1941(昭和16)年に中国大陸で戦死した太野垣顕(たやがきあきら)さんが、戦場で描いたスケッチ帳が、兵庫県丹波篠山市内で保存されている。家族からの手紙を読む兵士の姿や戦地での日常風景などが、滑らかで写実的な筆致で描かれている。(金 慶順)

 太野垣さんは教諭として勤務していた39(昭和14)年12月30日、召集令状を受ける。その日から亡くなる前日まで書いた「陣中日誌」3冊と、スケッチ帳2冊、「陸軍歩兵少尉 太野垣顕」と書かれた戦地からの手紙や従軍記章などの遺品が、太野垣さんの遺族から、旧雲部小学校跡の交流施設「里山工房くもべ」(丹波篠山市西本荘)の関係者に託されていた。

 スケッチ帳はB6判ほどの大きさ。万年筆のような筆致で、下描きはないように見える。輪郭から顔や服の陰影、森の木々までが、力強いが繊細さのある線で描かれている。

 1冊目は人物画が中心。「便りの届いた日」「便り読む午睡時」「返事を書く」と題されたスケッチは、兵士の顔がはっきり描かれていないにもかかわらず、故郷からの手紙を大切に、切実に読む気持ちがにじみ出ている。2人の兵士が話し合っている「相談」、魚のようなものに包丁を向ける兵士を描いた「炊事当番」などもある。

 2冊目は風景画が多く、丘の上、森の奥に立つ小屋などが遠近感を持って描かれている。「隊長の部屋」「小生の部屋」などと題した絵や、見開きで山や森を描いた絵もある。

 一方、陣中日誌には出征前の日々について「離別とは肉親との別れだ」「『お母さん』と呼んだ。顔を見合わせても何も言えない」などと、家族との別れの悲しみがつづられている。

 一連の資料は同施設関係者が保管しているが、一般公開はしていない。「太野垣さんがどのような思いで戦場での日々を過ごし、絵を描いたのか。紙面上で見て思いをはせてほしい」としている。

丹波の最新
もっと見る

天気(10月25日)

  • 20℃
  • ---℃
  • 0%

  • 20℃
  • ---℃
  • 10%

  • 21℃
  • ---℃
  • 0%

  • 22℃
  • ---℃
  • 0%

お知らせ