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参加者らを前に、原発事故後の生活を語る避難者(手前)ら=ユーアイ帆っとセンター
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参加者らを前に、原発事故後の生活を語る避難者(手前)ら=ユーアイ帆っとセンター

 東京電力福島第1原発事故後、兵庫県内で避難生活を送る男女5人を囲む集会がこのほど、高砂市高砂町松波町のユーアイ帆っとセンターであった。市民団体「脱原発はりまアクション」が主催。避難者は約35人の参加者を前に、放射能の影響を恐れて福島県を離れる決断をするまでのためらいや、避難生活の葛藤を打ち明けた。(小尾絵生)

 同団体は今年3月11日、加古川市内で避難者を交えて「福島原発事故から7年のつどい」を開催。避難者の発言にじっくりと耳を傾ける機会の必要性を感じ、今回の集会を企画した。福島県から神戸や姫路市、丹波地域で暮らす、10~50代の5人が語った。

 中学生の娘と丹波地域で避難生活を送る男性(47)は、東日本大震災から2年後に福島市を出た。建てたばかりの家のローンや失業の心配から一時はとどまる選択をしたが、放射能を恐れ、娘に庭遊びすら我慢させる状況に避難を決断。教員として福島にとどまる妻とは離れて暮らす。男性は「成長した娘との関係に悩むこともある。有事には自分の判断を信じるしかない」と話した。

 震災直後から2人の息子と姫路市の実家に身を寄せる女性も、郡山市にいる夫と離れたまま7年が過ぎた。「家族が離れているのが、避難した私の責任のように言われることもある。原発のせいであり、安全な場所で暮らしたいという思いを理解してもらえないのがつらい」と涙をにじませた。

 同じく姫路市に母親と移った女性(18)は、避難前には鼻血や心臓の痛みなど体の不調に悩んだ。「福島に戻りたい気持ちがあっても体がついていかない。もどかしい」と率直な思いを吐露。この日出席した避難者のいずれも帰郷のめどはたっていないという。

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