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車いすの父。娘が暮らしを支える=加古川市内
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車いすの父。娘が暮らしを支える=加古川市内

 下川政夫さん(87)=仮名=は14年前、脳梗塞を発症して以来、足が自由に動かず、長く座っていることもできない。

 娘の小西由紀子さん(59)=兵庫県加古川市=は4年前、政夫さんと発達障害の兄(60)を呼び寄せ、今は3人で暮らす。由紀子さんの夫は8年前に亡くなった。

 政夫さんは腎不全や不整脈も表れ、一日の大半をベッドの上でテレビを見て過ごす。最近は耳が遠くなり、会話はたどたどしい。一言ずつゆっくりと語る。

 「元々は左官職人で、姫路市に住んでいました。発達障害の長男が働ける場所をつくるため、50歳でラーメン店を開業。客商売は苦手だけど、試行錯誤してこしらえたスープが自慢でした。また自分で作って客に食べてもらいたいよ」

 あっさりした豚骨味が評判で、昼食時間帯になると常連客で埋まった。職人かたぎで気が短い。よく客と口論したが、商売は順調で支店もつくった。だが4歳下の妻が肺がんになると、店を子どもに任せるようになった。

 「私のことを何でも受け止めてくれる妻でした。一生懸命働いても、大事な妻が病気になると不幸になる。仕事をするのが、あほらしくなってしまいました」

 妻は2年間の在宅治療を経て63歳で亡くなった。政夫さんは支店を手放して夜だけ店に復帰し、昼間は趣味のパチンコや、幼い孫の相手をして過ごした。だが2年ほどしてから、「子どもが店をのっとった」「お金を盗んだ」と、ありもしないことを親戚に話すようになった。

 「妻がいない現実を受け入れられず、寂しさの矛先を娘に向けていたのかもしれません。家族は病気を疑っていました」

 73歳の時に自宅で倒れた。脳梗塞と診断され、近くの病院に1年間ほど入院。政夫さんは病院のご飯を食べたがらず、長女の由紀子さんが毎日2回、病院まで手作りの料理を運んだ。さらに2日に1回は自宅に連れて帰り、風呂に入れた。乱暴な言動は、いつしかなくなっていた。退院後、病気を苦に「死ぬ」と書き残して踏切の前にたたずんだことが何度もあった。

 食事や入浴、トイレ…。政夫さんの介護を続ける由紀子さんが打ち明けた。

 「夫が亡くなった時、冷蔵庫に残った果物を見て、『ちゃんと皮をむいて食卓に出してあげたら良かった』と後悔しました。高齢の父は、今日は元気でも、明日はどうなるか分かりません。毎日、一生懸命に接したいんです」

 政夫さんは今、医師に止められていたビールを、毎日たしなむ。余生を楽しんでもらおうと、由紀子さんが主治医に掛け合って許しを得た。由紀子さんに連れていってもらい、年に1度だけ車いすでパチンコをする。

 「体は不自由だけど、家族のありがたみがよく分かりました。一緒にいられてうれしい。今は孫の成長が生きがい。それを見届けたら、いつ死んでもいい」(本田純一)

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