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テレビ番組や昔話。妹のまち子さん(右)と会話を楽しむ明美さん=加古川市野口町
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テレビ番組や昔話。妹のまち子さん(右)と会話を楽しむ明美さん=加古川市野口町

 兵庫県加古川市内のケアハウス「せいりょう園」に全盲の姉妹が暮らす。姉の山崎明美さん(79)が14年、妹の天辰まち子さん(76)が4年になる。

 脚の悪い妹を気遣い、いつも明美さんから訪ねる。といっても同じフロア。つえをつきながら、わずか数メートルをゆっくり。「元気にやっとるか」。扉を開けて入り、いすに腰かける。たわいもない話で笑い合うのは幼いころと同じ。

 妹のまち子さんは16歳のとき、視野の端から黒い影が広がってきた。手術はしたものの、医師からは失明すると告げられた。

 「ショックでね。家の外で壁に向かって泣き続けました。母も一緒に涙を流してくれました。こんな体になって情けないやら悲しいやら。やるせなかった」

 まち子さんは、手に職を付けようと、18歳のころ、全寮制の学校に入り、はり・きゅうやマッサージ師の資格を取得。姉の明美さんも小学校のころに目の光を失い、3年遅れの24歳で学校に入った。

 その後、2人は加古川市内の同じ鍼灸院に住み込んで働いた。やがてまち子さんが13歳年上の男性と結婚。夫婦は鍼灸院を独立開業し、商売は順調だった。ところが、70歳になったまち子さんに乳がんが見つかった。困難は重なり、翌年、夫が肺がんになり、その半年後に亡くなった。

 まち子さんが振り返る。

 「夫1人を残し、私が先に死ぬわけにはいかなかった。がんを絶対に治さなければ。患部を切除し、抗がん剤治療も受けました。だから夫が亡くなると、寂しいと同時に、ちゃんと見送って妻の役割を果たせたことに、どこかほっとした」

 姉の明美さんも病魔と闘った。56歳で子宮がん、手術は成功。今度は61歳で股関節や膝関節が激しく痛むようになり、人工関節を入れる手術を受けた。先行きの不安から、ケアハウス「せいりょう園」への入所を決めた。今度は明美さんが語る。

 「がんと分かった時は人生の先が見えなくなった。何で私だけが、と。抗がん剤の治療を受け、副作用から髪が全部抜け、体がだるかった。胃がむかむかし、ご飯もほとんど食べられませんでした」

 ケアハウスに入った明美さんは、夫を亡くした妹を気遣い、毎日のように電話を掛けて様子を尋ねた。2015年、明美さんの隣の隣の部屋が空き、まち子さんを呼び寄せた。

 2人の穏やかな日が続いた。不自由な体でなかなか外出もできない。でも、一緒にご飯を食べ、お茶を飲み、おしゃべりをする。そんな毎日が楽しい。昨年10月、明美さんにこぶし大の乳がんが見つかった。治療はしていない。主治医には、痛みが出たら緩和治療をすると伝えている。

 「誰にでも寿命があると割り切るようになった。くよくよしても心に悪い虫が宿るだけ。つらい抗がん剤治療を受けるより、姉妹で一緒に明るく、あるがままに命を全うしたい」

 明美さんの言葉に、妹のまち子さんが「うん、うん」とうなずいた。(本田純一)

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