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「加古」の戦死者を悼み、慰霊祭が行われる日岡神社の碑=加古川市加古川町大野
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「加古」の戦死者を悼み、慰霊祭が行われる日岡神社の碑=加古川市加古川町大野
重巡洋艦「加古」(大和ミュージアム提供)
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重巡洋艦「加古」(大和ミュージアム提供)
神戸新聞NEXT
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 日岡神社(兵庫県加古川市加古川町大野)入り口の門を抜ける。左手にそびえる石碑に、「義勇奉公之碑」とあった。1896(明治29)年建立。神社の禰宜松崎正俊さん(75)が「日清戦争の戦没者を祭った碑です」と教えてくれた。

 この碑の前で2014年から毎年8月、旧日本海軍の重巡洋艦「加古」の犠牲者を弔う慰霊祭が行われている。今年は市民ら約60人が参列した。

 「加古」の艦名は加古川にちなむが、松崎さんは「実は、神社との関係は20年ほど前までよく知りませんでした」と話した。偶然、地域の高齢者から「戦前、広島県呉市で加古を見学すると、艦内に日岡神社のお札が掲げられていた」と聞き、それが慰霊祭開催につながった。

 旧海軍の艦艇には、縁のある神社の分霊が祭られていたという。加古の艦内でも、多くの乗組員が武運を祈っていたのだろうか。その加古は1942年8月10日、南太平洋で潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没し、瞬く間に乗組員74人の命が失われた。

 「私も幼少の頃、姫路市内で空襲に遭い、母親に背負われて逃げ惑いました」。空襲の体験は母から伝えられたが、戦後の貧しさは鮮明に覚えている。だが、あの戦争の悲惨さを知らない世代が随分増えた。松崎さんは、加古の慰霊祭を通し、戦争を起こさないよう事実を伝えたいと強く思っている。

 加古川市に加古の最期を知る人がいると聞き連絡を取った。丸利郎さん(94)は、近くにいた重巡洋艦「衣笠」から加古を目撃したそうだ。

 「総員配置の命令が出た時、加古から3本の水柱が上がったのを見た。10分後には、加古の姿が見えなくなっていた。私たちが戦った歴史を忘れないでほしい」(本田純一)

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