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裏門の門柱跡2本が伝える旧陸軍航空補給廠神野分廠=加古川市神野町石守
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裏門の門柱跡2本が伝える旧陸軍航空補給廠神野分廠=加古川市神野町石守
分廠と加古川駅を結ぶ軍用引き込み線の橋桁跡。水路にかかる橋の下に残る=加古川市野口町水足
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分廠と加古川駅を結ぶ軍用引き込み線の橋桁跡。水路にかかる橋の下に残る=加古川市野口町水足
神戸新聞NEXT
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 加古川刑務所(兵庫県加古川市)北側の道路沿いに高さ2メートルほどの門柱2本がぽつんと立つ。黒ずんだコンクリートの表面と白くにじんだ無数のひびが時の流れを感じさせる。「神野弾薬庫」と呼ばれた航空用爆弾の製造・保管施設の裏門跡。施設は戦後、刑務所となり、今は門柱だけが当時の姿を残す。

 弾薬庫の正式名称は旧陸軍航空補給廠神野分廠。太平洋戦争開戦前の1937(昭和12)年、小高い丘陵地に建てられた。裏門からは勤労奉仕にかり出された近くの住民たちが行き来していたのだろうか。

 近くの加古川市野口町水足の歴史をまとめた「水足史誌」には、空襲に備えて周囲の斜面に掘った横穴に火薬を隠した様子が記されていた。「敵機の爆弾でも落ちようものなら、水足村など一瞬にしてケシとぶのではないかとヒヤヒヤした」。作業に携わった地元消防団員の言葉から戦局が悪化していった当時の不安がにじむ。

 刑務所敷地内の西側には、火薬庫だった建物や、中国、ベトナムに爆弾を運び出すためのトロッコの軌道跡があったが、2007年までに取り壊された。加古川市に道路用地として払い下げられ、現在は工事が進む。加古川駅につながっていた引き込み線も道路に変わった。裏門跡から約1・8キロ南西、加古川野口郵便局そばの用水路にかかる約3メートルの橋下に茶褐色のさびで覆われた鋼鉄製の桁が唯一の痕跡だ。

 8月上旬、自転車の小学生たちが笑い声を上げながら橋の上を通り過ぎる。弾薬庫跡の保存を訴えていた高校の非常勤講師(66)=稲美町=は願う。「体験者がほとんどいなくなり、戦争を語るのは人からものになってきた。若い人たちに戦争の真実を伝えるためにも守ってほしい」(若林幹夫)

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