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妻の「ついのすみか」。夫は去り際、「すぐ帰るからね」と告げた=稲美町内
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妻の「ついのすみか」。夫は去り際、「すぐ帰るからね」と告げた=稲美町内
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 「お母さん、ただいま帰りました。遅くなってごめんね」。木村安彦さん(81)=仮名=が、妻の敏江さん(76)=同=の額に手をやり、顔を寄せて声を掛ける。まぶたを閉じたままの妻の口元がかすかに動き、小さな声が漏れた。

 安彦さんが「ただいま」と言った場所は、特別養護老人ホームの4人部屋。車で10分の自宅からほぼ毎日通う。訪れたときは「ただいま」、帰りは「お仕事行ってくるね」と言い置いて出る。「さみしがり屋でね。昔はいつも帰りが遅いと怒ってたから」

 14年前に認知症となった敏江さんが、自宅を離れて過ごすのは、ここが5カ所目だ。

 夫婦は兵庫県稲美町で2人暮らしだった。敏江さんの異変に気付いたのは、定年後に開業したコンサル事務所が軌道に乗り始めたころ。車で道に迷うことが増え、泊まりがけの出張先に「遅くまで何をしてるの」と電話を掛けてきた。診断はアルツハイマー型認知症。まだ60歳そこそこだった。

 3年ほど2人暮らしを続けたが、仕事をしながらの介護に限界が訪れた。長女が住む長崎で見つけたグループホームへ。1カ月生活した後、つてを頼って、兵庫県内のグループホームへ移った。しかしそこで敏江さんが右脚の付け根を骨折。安彦さんは不信感を強め、苦情を受けた施設は複数人が退職。双方が深手を負い、敏江さんは退去した。

 車いす生活となった敏江さんの次の行き先は、同県加古川市のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)。夫婦で暮らして近くの小規模多機能型居宅介護を利用し、暮らしは安定していたが、小規模多機能が休止。サ高住を引き払い、系列のグループホームに移った。

 「いいところだったし、グループホームの雰囲気は、敏江にもいいと思ってた」。だが安彦さんも年を重ね、自分が先に逝く不安が膨らむ。「敏江の年金は少なく、私の遺族年金を合わせても足りない」。今年5月、以前から申し込んでいた稲美町内の特別養護老人ホームに入所した。

 転居や入院による住環境の変化が、心身に悪影響を及ぼす「転居ダメージ」という言葉がある。高齢者や認知症は影響を受けやすく、身体機能の低下や認知症の進行を招きかねない。安彦さんはできるだけ自分の顔を見せることが、不安を取り除く方法だと信じてきた。5回の選択に後悔はない。「自宅で見られるのが一番、いいんだろうけど、施設に入れるだけ幸せ」

 要介護5の敏江さんは、ほぼ一日ベッドに横たわる。安彦さんはたいてい、午後の1時間を横に座って過ごす。手を握って、「怖くないよ、ここにいるから大丈夫」と語り掛け、持ち込んだプレーヤーで好きだった歌を流す。「ここか病院で、安らかに最期を迎えられたらいい」

 安彦さんも要支援1。今日も特養へ。「ただいま」と妻に告げに行く。(広岡磨璃)

     ◇     ◇

■介護保険施設は定員超過に

 2025年、団塊世代(1947~49年生まれ)の全員が、75歳以上の後期高齢者となる。超高齢化社会で一体、どのようなことが起きるのだろう。

 県のまとめによると今年3月現在、東播2市2町の65歳以上の人数は約11万6300人。総人口の4人に1人以上を占める。6年後の25年では約11万7100人と推計され、高齢者総数はそれほど変化しない。変わるのは高齢者のうちの75歳以上の割合で、現在は47%だが、6年後は58%となり、前期高齢者(65~74歳)と後期高齢者のボリュームが逆転。総人口の6人に1人が後期高齢者となる。

 一般的に高齢になればなるほど体は弱り、介護の必要性は高まる。県によると、65~74歳で要介護認定を受けるのは5%前後にすぎないが、75歳以上では35%弱に跳ね上がる。1人暮らしの高齢者や高齢の夫婦のみの世帯も増加傾向で、自宅で暮らすことが困難な人も増え続ける見通しだ。

 住み替え先としてまず候補に挙がるのは、特別養護老人ホーム(特養)などの「介護保険施設」。だが、例えば加古川市の場合、「要介護3」以上は約3400人いる一方で、介護保険施設の定員は約1800人に満たない。グループホームなどを加えても、全員を受け入れることはできない。さらに「要介護2」以下であっても自宅で暮らしづらい人も多い。

 国や県は、自宅での介護を支援するサービスの充実とともに、施設と自宅の中間的な位置付けである「サービス付き高齢者向け住宅」など高齢者住宅の増設を進める。加古川市介護保険課の担当者は「一人一人の状況はさまざまで、自宅に住み続けるための支援と、住み替え先となる施設や住宅の整備を、バランスよく進めなければならない」と話す。(切貫滋巨)

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