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仮設住宅で訪問診療に当たった経験を振り返る西村正二医師=加古川市野口町水足、西村医院
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仮設住宅で訪問診療に当たった経験を振り返る西村正二医師=加古川市野口町水足、西村医院
JR神戸線(手前)と加古川バイパスに挟まれて仮設住宅が立ち並んでいた「東加古川団地」=1997年8月、加古川市平岡町
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JR神戸線(手前)と加古川バイパスに挟まれて仮設住宅が立ち並んでいた「東加古川団地」=1997年8月、加古川市平岡町
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 阪神・淡路大震災後、兵庫県加古川市平岡町に、被災地外では最大規模の仮設住宅「東加古川団地」(1千戸)があった。ピーク時で約2千人が暮らし、高い高齢化率は今日の高齢社会を先取りしていた。加古川市の西村医院院長、西村正二さん(70)は、当時、団地で訪問診療に奔走。現在は在宅ケアの実践や市民啓発に力を入れる。「仮設での経験が原点」という西村さんに、当時の様子や、現在の活動にどう生かされているかを聞いた。(広岡磨璃)

 当時、コープこうべ職員で、仮設ボランティアのまとめ役をしていた梅谷公子さん(昨年9月、76歳で死去)から依頼され、毎週日曜の訪問診療が始まった。

 「仮設住宅に身を寄せたのは災害弱者。経済的、社会的にも弱い人が多く、高齢者や病人も大勢いた」。高齢化率は30%を超え、がんを含め持病を抱えた患者が多数いた。「住戸が1千戸もあるのに、そうした人たちを受け入れる社会基盤がなかった」と振り返る。

 その代わりにボランティアや行政など多様な職種の人たちが出入りしていた。リハビリ職の団体が段差を解消し、保健師が毎週巡回。薬剤師が薬を届け、学生も暮らしを支援した。たくさんの人たちが関わることで、「箱物の施設がなくても、あるもので対応できると分かった」。がん患者への対応や、仮設での看取りも実現することができた。

 「力になっていたのはボランティアと、保健師らさまざまな専門職。1人じゃできない。病院では医者が中心になっているけど、仮設ではいろんな人たちが協力して住人の生活を支えていた。その中では、医療は一部でしかなかった」。この実感が、今の活動につながっているという。

 西村さんは兵庫医科大の医局を経て1990年に加古川市内で開業。仮設での経験を踏まえ、「住み慣れた場所で最期まで暮らせるよう、さまざまな立場の人が支え手になる地域を作る」ことを責務だと感じた。

 認知症グループホームや在宅介護支援センターを開設。医療や福祉に関わる人たちと「安心できる地域ケアを考える会」を立ち上げた。会は毎年、創作劇を上演し、終末期や在宅ケアについて市民に広く伝えようとしている。

 「自宅で最期を迎えたい、と大半の人が考えているのに、実際にはほとんどの人が病院で亡くなっている。どういう最期を迎えたいか、それをどう実現できるか。医療者も市民も、考え方を変えないといけない」

 2025年、30年、35年…と、医療・介護が必要な高齢者は増え続けていく。「いろんな立場の人が連携して、1人の患者に関わる。それが仮設住宅で学んだ在宅ケアの原点」

 仮設住宅の住人には人懐こさがあり、互いに安否を気遣う人情があった。都市化した町ではそうはいかない。「今の時代こそ、見守りや声かけをするボランティアが、より力を発揮するのかもしれない」と在宅ケアの在り方を模索する。

【東加古川団地】1995年1月の震災後、県が当時の旧国鉄清算事業団からJR東加古川駅に近い貨物ヤード用地(10・5ヘクタール)を借り上げ、被災地外で最大規模となる千戸の仮設住宅を建設。同年5月から入居が始まり、ピーク時には2千人を超えた。仮設は99年末に完全撤去され、現在は住宅地になっている。

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