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父への思いを語る渋谷和代さん。いつも遺影を自宅の台所に置いている=稲美町内
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父への思いを語る渋谷和代さん。いつも遺影を自宅の台所に置いている=稲美町内

 阪神・淡路大震災から17日で丸25年となる。兵庫県稲美町の主婦渋谷和代さん(51)は、神戸市長田区にあった自宅が全壊し、下敷きになった父、林穣弥さん=当時(57)=を火災で亡くした。「父を助けられなかったことが、今も悔やまれる」と渋谷さん。優しい父を奪った震災の傷は今も癒えない。(本田純一)

 自宅は長田区日吉町5、鷹取商店街の入り口付近にあった。会社員だった渋谷さんは両親と3人で、三軒棟続きの木造2階建てに住んでいた。父は建設会社の運転手。「植木が好きな父。怒られた記憶はない」と振り返る。

 地震が起きた時、両親は1階の居間で朝食を取っていた。2階で寝ていた渋谷さんは、ゴーッというごう音で目覚めたが、天井が落ちてきた。両側にあったタンスが倒れ、その隙間に挟まった。床をたたき、階下にいるはずの父を呼んだが助けに来ない。「1階がつぶれているなんて、思いも寄らなかった」

 無駄に動くと体力を消耗すると思った渋谷さんは、じっと動かなかったという。そのころ、1階で食器棚と床の隙間に入り込んで助かった母は、勝手口から脱出して救助を求めていた。渋谷さんは昼ごろ、近所の人たちに引っ張り出された。しかし、父は家のはりや電子レンジの下。「姿は見えないが会話はできた。そのうちに助けがくるだろうと思っていた」

 だが昼すぎ、西側から炎が迫ってきた。重機がなく、人力では父の上にあるはりを取り除けない。「お母さんと先に避難しとけ」。渋谷さんが聞いた、父の最後の言葉になった。「お父さん、ごめんな」。自宅一帯が炎に包まれ、泣き叫ぶ母をぎゅっと抱きしめた。

 その後、近くの長楽小学校に避難した。何度も自宅の様子を見に行ったが、火や煙で近づけなかった。3日後、火が消えたようだと聞き、自宅跡を訪れた。焼けた電子レンジの下で骨を見つけた。

 父の写真はほとんど焼けた。母は今、長田区の高齢者施設で暮らす。震災から3年後に渋谷さんは結婚して神戸を離れ、稲美町に引っ越した。

 「母の部屋にある仏壇には手を合わせず、『またね』と声を掛ける。まだ死を受け入れられないんです」。たばこをくわえた父の遺影を見て涙を浮かべた。

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