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篠山城跡三の丸広場で第1走者として走った中西鈴子さん(中央)ら「56年目のファーストランの会」のメンバー=丹波篠山市北新町(撮影・坂井萌香)
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篠山城跡三の丸広場で第1走者として走った中西鈴子さん(中央)ら「56年目のファーストランの会」のメンバー=丹波篠山市北新町(撮影・坂井萌香)
1964年の聖火リレーで伴走者に選ばれ、ユニホームを着て写真に納まる中西鈴子さん(本人提供)
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1964年の聖火リレーで伴走者に選ばれ、ユニホームを着て写真に納まる中西鈴子さん(本人提供)

 兵庫県丹波篠山市の篠山城跡三の丸広場で24日に行われた東京五輪聖火リレーで、同県加古川市の中西鈴子さん(71)は、万感の思いを胸にトーチをつないだ。中学3年生だった1964年の東京五輪聖火リレーで、ランナーの伴走者として参加するはずだったが、台風接近の影響を受けて中止に。今回は同じ境遇の仲間10人で、57年かかった挑戦を果たした。中西さんは「走り切れてほっとした」と充実感をにじませる。(千葉翔大)

 中西さんは同県西宮市出身。市立中学3年生の時、卓球部員として市内の大会で優勝したことから、他の男子生徒1人とともに同市の伴走者に選ばれた。

 64年の聖火リレーは、9月24日に姫路、加古川市などを通過。翌25日に兵庫県庁-大阪府庁の約40キロを、中高生ら約700人が走る予定だった。だが、台風の影響で中止になり、聖火は車で運ばれた。中西さんは「残念というより『なくなったんだ』って思うしかなかった」と振り返る。

 74年、結婚を機に加古川市内に移り住んだ。聖火リレーのことは家族にも伝えていなかった。「過去のことだから」と自分に言い聞かせた。だが2013年、20年の五輪開催都市が東京に決まると、「もう日本で五輪は開かれないと思っていた。でも、20年ならまだ走れる」。心に秘めた情熱に火がついた。

 趣味として長年続けていた卓球と水泳に加え、ランニングにも力を入れた。17年には、1964年の聖火リレーを走れなかった人たちでつくる「56年目のファーストランの会」に入会。約160人の仲間と共に、聖火リレーへの再挑戦を目指した。

 全メンバーの中から、ランナーとして同会の代表者10人に選ばれた。だが、昨年から新型コロナウイルスが猛威を振るい、五輪が延期になるとともに聖火リレーの開催も危ぶまれた。「気持ちを上げようと思っても、練習に集中できなかった」。感染拡大の影響で通っていたスポーツジムは休館に。ただ「今回も、走りたくても走れなかった人たちがいる」と、1日1時間以上のランニングとウオーキングは欠かさなかった。

 小雨が降る中で迎えた本番。新型コロナの緊急事態宣言下で、走行距離は60メートルに縮小された。それでも「緊張したけど、何よりトーチを持てたことがうれしかった」。同会の仲間と手渡ししながら、計3分ほどの走行をかみしめた。中西さんは「57年前は走れなかったけど、だからこそ、同じ思いの仲間と出会えた。やり切れたと思える」と話した。

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