関空整備、幻の高砂沖案を追う 神戸沖、泉州沖、播磨灘…約50年前は3カ所が候補に
2022/05/02 05:30
関空の整備候補地になっていた高砂沖の播磨灘=高砂市の竜山から望む
大阪府泉佐野市沖に浮かぶ関西国際空港(関空)は、もしかしたら兵庫県高砂市沖の播磨灘に造られていたかもしれない-。今では容易に想像できない話だが、約50年前、住宅地に隣接する大阪国際空港の騒音問題をきっかけに、世界初となる人工海上空港の整備計画が浮上。神戸沖、泉州沖、播磨灘(高砂沖)が候補地となった。遮るものが少ない空域の広さや、海底の地盤が建設に適していたという高砂沖案。なぜ幻となったのだろうか。(笠原次郎)
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高度経済成長に沸いた1960年代。時の内閣が「国民所得倍増計画」を掲げ、当時関西唯一の空港だった大阪国際空港=現在の大阪(伊丹)空港=には、世界各国から飛行機が集まった。しかし、大型ジェット機の騒音が大きな問題に。空港周辺の8市は1964年、国に騒音対策の実施を求めた。
同空港は夜間飛行が禁止され、ジェット機の乗り入れ本数が制限されたため、より小型のプロペラ機が使われた。空港需要を満たすため、関西2カ所目となる新空港建設に向け、旧運輸省は68年から西宮沖、明石沖など8カ所を調査。その結果、建設候補地は神戸沖、泉州沖、高砂沖の3カ所に絞られた。
3カ所にはそれぞれ一長一短があった。神戸沖は大阪都心に近い交通の便が評価されたが、多数が行き交う船の航行が妨げられることが問題視された。泉州沖は大阪に近い点で評価が高かったが、良好な漁場への影響が懸念された。高砂沖は空港を設置できる範囲が最も広かったが、大阪から遠いという難点があった。
■住民団体、市長、市議会も
一方各候補地の住民らは、海上の平穏な環境が乱されるとの懸念から、反対ムード一色に染まったという。大阪府泉州地域7市5町、兵庫県の8市1町、大阪府議会、和歌山市議会で、反対決議などが採択された。
大阪国際空港の騒音を巡っては裁判となり、74年、平穏に暮らす権利「静穏権」を満たすため、夜間飛行禁止の判決が出た。高砂市史によると、これを受け、関空の高砂沖建設案に対し、住民グループ「公害を告発する高砂市民の会」が反対運動を展開。当時の中須義男・高砂市長も「空港は生活環境を壊す」として反対姿勢を示した。同市議会も同年、空港反対の決議文を県議会に提出した。
同会メンバーだった女性(72)=同市=は「高砂沖に空港ができた場合、騒音問題に加えて、埋め立てによる自然環境の破壊が危惧されていた」とし、「人々の暮らしが経済発展の波に飲み込まれてしまうという危機感があった」と振り返る。
■政治的な決断か
当時、神戸新聞記者として関空問題を取材していた中元孝迪(たかみち)さん(81)=兵庫県姫路市、県立大特任教授=は「高砂沖に決まると最も不利益を被るのは、東京-大阪というドル箱路線を重視する全日空だった」と解説する。「同社は大阪都心部からのアクセスがいい神戸が最適と考えていた」というが、神戸沖は神戸市が反対して事実上除外されていた。そこで中元さんは「全日空が消極的選択として、泉州沖を推すとの風聞も流れていた」とし、航空業界の意向が候補地選定に少なからず影響した可能性を示唆する。
旧運輸省の空港審議会は74年、候補地選定の委員投票で泉州沖を選んだ。中元さんは「関係者の利害が複雑に絡み合った、政治的な判断だったのでは」と当時の選考過程をみる。一方で、日本航空の国際線機長らは空域の広さから高砂沖を支持していたという。その声が、もっと大きかったらどうなっていただろうか。
■逃した魚は?
高砂沖の整備案に賛成していた人もいる。高砂市制で最長となる市議を現在まで11期44年務め、市の歩みを知る池本晃さん(77)=同市=だ。空港の誘致話が出たころは、市議になる前で建設会社の役員をしていた。
「周辺の姫路、加古川が発展する中、高砂は取り残されていた。関空誘致は挽回できる一つのチャンスだった」と思い返す。高砂市は、60年代からの企業誘致で臨海部には工場が集積していた。空港ができれば「製品の輸出入にもメリットはあったはず。もっと元気なまちになっていたかも」と話す。だが誘致に反対する市民が多く、池本さんは少数派だった。
記者は、幻となった関空候補地の高砂沖を見るため、市中部の竜山(標高92メートル)に登った。南を望めば、住宅地の向こうに工場群が広がる。関空の候補地はその5キロ先にあった。かすみの向こうに、民意もあって実現しなかった幻の空港島を思い浮かべてみた。世界中の飛行機が集まり、市街地も観光客でにぎわう-。そんな想像を巡らせると心が少し躍った。