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 母リスシェル・コトラーさんの遺影の前で、ビザの写しを見せるアーロンさん=6月、米レークウッド(共同)
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 母リスシェル・コトラーさんの遺影の前で、ビザの写しを見せるアーロンさん=6月、米レークウッド(共同)

 第2次大戦中の1941年3月に、当時の駐ソ連大使、故建川美次(1880~1945年)がナチス・ドイツの迫害から逃れたユダヤ人難民に発給した「命のビザ(査証)」の写しを、米東部ニュージャージー州在住の難民の遺族が保管していることが14日分かった。

 建川による渡航証明書の存在は知られていたが、ビザが確認されるのは極めて珍しい。ビザは日本の外務省が現地での発給を禁じた翌日に出され、ほぼ最後の1枚とみられる。難民に同情的だったとされる建川の判断が影響したもようだ。

 難民は当時17歳だった女性リスシェル・コトラーさん(1923~2015年)。(レークウッド共同)

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