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 ひとりの中年女性が、団地の一室で途方に暮れるところから物語は始まる。その団地は、姑の住まいだ。夫を亡くしてから長年ひとりで暮らしていて、先ごろ、突然他界したのだ。

 「断捨離」という概念自体が存在しない部屋の中。年老いた義母にとって、「捨てる」がどれだけエネルギーを必要とするものかを主人公・望登子は知らない。普通なら2つも要らないものが、3つも4つも取ってあって、望登子は苛立ちを募らせる。部屋の中をざっと探検してまわっただけで、くたびれ果てている。

 部屋の扉を開けるたび、たんすの引き出しを開くたび、望登子は空の上の姑に怒りをぶちまける。お義母さんはそうおっしゃるでしょうけど、でも私はこんなに迷惑なんです。すると瞬時のうちに「姑はこう言うだろう」の妄想がふくらむ。ひとりで勝手に、脳内嫁姑バトルを始めてしまう望登子。憤りの大鍋が、ふつふつと煮えたぎる。洋服だんすから、亡くなった舅のスーツがどっさり出てくる。また大鍋に煮え湯が投入される。

 次第に自分自身がたどりついた立ち位置が、いかに不利であるかが明らかになってゆく。夫は残業続きで顔色も悪く、義母の部屋の惨状を伝えて苦労をシェアする気にはならない。けれど遺品整理の業者に助けを求められるほど、お財布事情は豊かではない。私が、やるしかない。望登子はどんどん、げんなりしていく。その描写が、とてもとても生々しいのだ。

 自分ではない誰かの所有物を捨てる、という行為。それは「自分にとってのその人」の、何を選び取るかということだ。自分の所有物なら、「要らない」と決めたら捨てればいい。けれど他界した他人の所有物は、切り捨てたら、うしろめたさが残る。実にやっかいな作業である。

 物語は次第に「遺品整理がどんなに困難か」から、「いかに親との関係に決着をつけるか」へと軸足を変える。「死ぬ」とは、自分の心身がなくなることだけではない。自分が生きてきた痕跡を、どうするか。誰かに引き継いでもらうのか、いやしかし「誰か」がいない場合は? 望登子の実母は徹底的に身辺整理をして亡くなった。しかし、そうなると、母の面影は自分の記憶の中にしかない。心もとなさに揺れる望登子。

 そしてその揺れに拍車をかけるように、何者かが姑の部屋に出入りしているらしいことが発覚。親戚関係だけでなく、ご近所さんとの共生についても考えさせられる展開だ。

 そう、共生。望登子はそれによって救われる。「共に生きる」。面倒だけれど愛おしい、その小さな営みによって。

(双葉社 1400円+税)=小川志津子

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