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 小説という器の懐は深い。赤坂真理は本作で、天皇論を含み込んだ物語を紡ぎだした。小説にしかできない手法を使い、想像力を駆使した力作である。

 日本国憲法はいくつかの矛盾を抱えているように思える。その最たるものは、1~8条の「天皇条項」と9条以下の齟齬ではないだろうか。天皇条項は基本的人権の保障に反しないのか。「法の下の平等」と両立するのか。究極、天皇という立場から逃れる自由はあるのかと考えてしまう。

 しかし、2016年8月8日、今上天皇によって発表された「象徴としてのお務めについて」という「おことば」(ビデオメッセージ)を聞いたとき、単純な事実に気付いた。おそらくこれほど深く、長く、日本国憲法に定められた「象徴」について考え抜いた人は他にいない。当事者として切実に、孤独に。

 赤坂真理は、このビデオメッセージそのものを小説に取り込み、天皇制の核心に迫った。しかも「国家と国民」というときの一人の国民としての問題だけでなく、作家自身の問題を手放さず、ひとつながりのものとして。

 主人公のマリは母と横浜へ行き、ホテルニューグランドに泊まる。このあたりから、小説の時空は揺れ動く。マリはそこで、戦後間もなく日本を占領・統治した連合国軍総司令部(GHQ)の最高司令官だったダグラス・マッカーサーに会い、彼が昭和天皇の魂を箱に入れるのを見てしまう。

 その後、天皇と同じ霊統に属するという年老いた女性から、天皇の霊が半分入っているという箱とダミーの箱の二つを渡される。そしてダミーの方を、マッカーサーが持つ箱とすり替えて来いと言われる。もしも間違えて本物を渡してしまうと、国が亡ぶというのだ。

 マリは傾聴ボランティアをしている老人介護施設で、石牟礼道子を思わせる女性とともに、2016年のビデオメッセージを見る。そして、いつの間にかメッセージを読む天皇の近くにいる。そこに、マッカーサーや、憲法をつくったGHQの民政局(GS)、憲法案に反対した参謀第2部(G2)の霊も現れる。

 天皇とは何か、象徴とは何か、神とは、神話とは何か。スリリングな議論が繰り広げられる。やがて30年前に亡くなったマリの父親も現れて、語り始める。

 天皇制が人々の命を左右した時代があった。戦争に負けた世代の傷は、親子の関係にも強い影響を及ぼした。天皇制は家父長制をも象徴する。だからこそ、家族にも孤独と空虚という相似形を強いることになった。

 新元号が「令和」に決まり、天皇の代替わりを迎えるこの時期、時空を超えた本作の中の議論をかみしめながら思う。この国の最大のブラックボックス、天皇制という謎に、私たちは向き合わずに来た。

(河出書房新社 1400円+税)=田村文

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