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 感動や衝撃ではない。感傷や共感とも違う。読後から日を経ても何か形容しがたい哀切な思いが胸の底でうずいている。

 阿部昭という作家を知らなかった。Wikiには「短篇小説の名手」「内向の世代」「芥川賞候補になること6回(芥川賞史上最多記録)」とある。没後30年に編まれた本書には小説やエッセー10編が収められている。

 冒頭の「天使が見たもの」は母子家庭の日常が平易な文章によって描かれている。小学生の息子は放課後、学校の鳥小屋の鳥をかまってから帰宅する。スーパーのパートで家計を支える母親は持病に苦しみ、酒とたばこを絶やさない。昔、放蕩の末に出ていった夫のことを息子にはまだ話していない。

 ある日、少年が帰宅すると母親が血を吐いて死んでいた。少年はスーパーの屋上から投身自殺する。手には「このまま病院へ運ばずに、地図の家に運んで下さい。家には母も死んでいます」と書いたメモが握られていた。

 母の後を追った少年の気持ちは一切説明されない。作者はこの母子の人生を哀れんでいるわけでもなければ、美化しているわけでもない。ただ、この世にあり得る事実として記しただけだ。

 人間世界の片隅で起きた出来事を天使だけが見ていた。見られることで2人がこの世界に存在したことは肯定された。タイトルに込めた意味を私はそう解釈した。

 本書の英語タイトルは「三月の風」という短編のエピグラフに引用されたことわざである。「冬来たりなば春遠からじ」と訳される。

(水窓出版 1600円+税)=片岡義博

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