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 インクと紙のにおいを確かめよう。読むことで日常が豊かになる。深く読めば世界はもっと面白い。そんな勇気がわいてくる一冊だ。スポーツや芸事と同じように、本を読む行為にも導きと道標があれば、より遠くへ行ける。自己流の読み方が表面的であれば、著者が指摘するように「料理人が丹精込めて作った繊細な料理をガハガハ食べちゃったみたいなもん」ということになるだろう。おいしいものは誰かに勧めたい、分かち合いたい。いや、自分でひそやかに楽しんだっていい。

 本書は著者が新聞に2017年から19年にかけて執筆した書評と、書き下ろしを含む論考から成る。優れた書評は自立している。対象となった本のあらすじや引用よりも、読後に世界がどう見えるのかが書かれている。だから本書を「自立する書評集」と呼びたい。軽妙な文体を操っているときも野矢茂樹という哲学者がどっしりと存在する。例えば次のような冒頭の一文は、続きを読みたくなる誘い文句として秀逸だ(丸かっこ内は書評された本)。

 「最近はなかなか迷子になることもない」(川上弘美『森へ行きましょう』)、「とりたてて何も考えずに何かを見ているときでも、見ることのうちに『思考』は入り込んでいる」(佐藤雅彦『新しい分かり方』)、「野家と野矢をまちがえる人がいる」(野家啓一『はざまの哲学』)、「居場所のなさという感覚は微熱のようにかすかではあるけれどもつねに私にまとわりついていた」(岡原功祐『Ibasyo』)。

 後半の論考では宮沢賢治の短い童話「土神ときつね」を「相貌分析」の手法で読み解いていた。「意味づけられ、価値づけられたものごとのあり方」を「相貌」と呼び、作品のさまざまな場面で登場人物や語り手が見た相貌を想像し、追体験する。本の読み方はもとより自由だが、ここで提示される読み方によって物語の深部に埋められたものを見つければ、そこには私たちの思考がより自由になる手がかりがあると思う。

 私にとって「土神ときつね」は賢治童話ベスト3に置きたい作品で、狐と土神にまとわりつく虚と実、コンプレックスが心に重く、わが身を重ねて切なさを感じてきた。相貌に着目した著者の言葉は、作者が差し出したものをつかんでいる。そういう読み方を知って一層愛しい作品になった。

 1996年刊の「哲学の謎」(講談社現代新書)で、著者は自己の内面で対話する形式を用いて意識や時の流れ、自由などに関する深淵な思想を語っている。哲学の問いと答えを探求し強固にする現場を見た気がした。読む行為をつづった本書もまた、世界に触れ、想像し、他者を理解していくライブのようだ。

(岩波書店 1900円+税)=杉本新

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