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 一気に読んだ。息をするのも忘れて。読み終えて、息をつき、しばし動けずにいる。

 主人公は、ひとりの女性だ。父親と母親に愛されて、でも父親が世を去り、母が家を出て、たったひとりで放り出された少女。親戚の家に預けられるが、その家には居場所がなかった。その家の息子に性暴力を受けながら、少女は夜が来るまで公園のベンチに居座るようになる。

 同じように、居場所を失って公園のベンチに居座る青年がいた。離れたベンチで、特に触れ合うこともなく、時間を過ごすふたり。やがて雨が降ってきて、少女は傘を持っておらず、青年は傘を持っていた。

 少女は、青年の家へ行く。なにもない部屋で、ようやく、のびのびと呼吸をする。父親と母親がいた頃のように、きわめて自由に。晩ごはんの時間にアイスクリームを食べ、寝坊した日はそのままピザを取って映画を観る。ふたりきりの、穏やかな日々。

 当然ながら、ふたりは引き剥がされる。少女の名前も青年の名前も、顔も姿も、ニュース番組で知れ渡っており、青年は逮捕され、少女は養護施設に送られる。

 物語が再開するのは、少女が成人してからだ。誰にも心を許さず、おとなしく、人とのつながり自体をやり過ごすみたいにして生きている彼女。通り過ぎた幾人かの恋人たちも含めて、誰もが自分を「哀れな被害者」として扱う。そのたびに彼女の心はねじくれる。あのとき、自分は少しも哀れじゃなかった。彼は自分を幸せにしてくれた。どうしてそれをわかってくれないの。

 物語を大きく進展させるのはインターネットだ。性犯罪者による誘拐事件として名を残しているその出来事について、何年経っても情報サイトを更新し続けている人物がいる。あのときの被害者の少女が今どこで何をしているのか。誘拐犯の青年がどこでどう生きているのか。誰かがどこかで追跡し監視している。息が詰まる描写である。

 そして元少女と元青年は再会する。元少女のバイト仲間から預かった「梨花」という女の子と3人で、家族とも友達とも名前のつかない、でもはっきりと幸福な関係を結ぶ。しかし、その幸福も長く続かない。

 そばにいたい人のそばにいる自由。みんなが当たり前に享受しているそれを、蹂躙されながら彼らは生きている。

 その蹂躙されっぷりが本当に痛い。先へ先へ、一気に読み進めてしまったのはそのせいもある。早く、一刻も早く彼らに救いを。赦しを。そう、ラストに用意されているのはきっと救いであるはずだと、読み手はどこかで知りながら読み進める。

 人は孤独である。自分の人生は自分で引き受けるしかない。けれど人を救うのは人であることも事実だ。近づいたり離れたりしながら続いていく、主人公たちの旅路に幸あれと祈る。

(東京創元社 1500円+税)=小川志津子

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