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 「弱肉強食」や「優勝劣敗」といった自然の摂理ともみえる考え方は、これまで幾度も戦争や植民地支配を招いてきた。これにどう抗い、民族の誇りと個人の尊厳を守るためにどう闘えばいいのか。本書が問いかける核心は、現代を生きる私たちをも鋭く射抜く。例えば、排除や差別、ヘイト表現にどのように向き合うべきなのか。

 川越宗一の歴史小説『熱源』は、樺太アイヌを物語の中心に据える。故郷を奪われ、戦争に巻き込まれながらも、生き延びようとする強い意志を描く。

 極寒の地、樺太(サハリン)には、樺太アイヌをはじめとするいくつもの先住民族が暮らしていた。彼らは「文明」を名乗るあまたの人々に翻弄され続けた。

 ヤヨマネクフ(山辺安之助)は9歳のとき、生まれ故郷の樺太から北海道・対雁(ついしかり)村に移り住んだ。樺太千島交換条約締結によって、800人を超える人々と共に強制移住させられたのである。そこで彼らは「和人」から「犬」と蔑まれたり、「文明的な暮らしを覚えましょう」と言われたりする。

 対雁村に根をおろすかに見えた彼らだが、コレラと天然痘の蔓延により、村は壊滅状態に。ヤヨマネクフの愛する妻も病に倒れる。

 死の床で、妻はヤヨマネクフに五弦琴(トンコリ)の弾き方を伝える。そして「もう一度見たい。故郷へ帰りたい」と言い残して亡くなる。ヤヨマネクフは、息子と共に故郷に帰る道を選ぶ。

 もう一人の主人公ともいえる人物は、ロシア皇帝暗殺を謀った罪でサハリンに流刑されたポーランド人、ブロニスワフ・ピウスツキだ。サハリンの少数民族、ギリヤークやアイヌとの交流を深めるうちに、その言葉や風習を研究するようになる。

 アイヌの女性と結婚して子どもも生まれる。だが島を離れていたとき、日露戦争が始まる。運命が、家族の絆を切り裂いてゆく。

 ピウスツキはロシア帝国極東の都市で、ギリヤークの文化や生活様式について講演し、質問を受ける。「サハリン島の異族人たちの知性は、我々の文明やその知識をどの程度、理解し得るのでしょう」

 人種や民族に優劣をつける発想は、当時一般的だった。だが、ギリヤークやアイヌと共に生きてきたピウスツキにとっては、衝撃的な質問である。ピウスツキはこう答える。「サハリン島。そこには支配されるべき民などいませんでした。ただ人が、そこにいました」

 ヤヨマネクフは後に、南極探検隊に志願する。アイヌの名誉のために。後援会長の大隈重信に言う。「俺たちはどんな世界でも、適応して生きていく。俺たちはアイヌですから」「アイヌって言葉は、人って意味なんですよ」

 白瀬矗や金田一京助、二葉亭四迷らも登場し、物語に膨らみを与える。丁寧な人物造形により、問いが血肉化され、私たちの前に提示される。

(文藝春秋 1850円+税)=田村文

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