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 乳がん治療中に多発転移を宣告された若き哲学者は、一人の女性医療人類学者との往復書簡を通して、病を抱えて生きることの意味を徹底的に考える企てに挑んだ。本書はその20通の書簡からなる。全身全霊を傾けた2人の言葉の往還に激しく胸を揺さぶられた。

 病気とリスクをテーマに議論は始まった。「急に具合が悪くなるかもしれない」と医師から告げられた宮野は、「△%の確率で○になる」というリスクが次々に示され、未来の可能性が狭められていく医療に抵抗を覚える。磯野はそれを「かもしれない」の連続で身動きが取れなくなる「<弱い>運命論」と呼び、リスク管理が進む現代社会に警戒感を示した。

 宮野は専門である九鬼周造の偶然性の哲学、磯野は医療現場におけるフィールドワークの蓄積を総動員して病におけるリスクと可能性、偶然と必然、不運と不幸などをめぐって考察を重ねていく。あくまで論理的に、感傷に流されることなく。

 ところが、宮野の容態が急速に悪化するなかで書簡は抜き差しならない様相を帯びてくる。磯野は「死」について真正面から問いかけた書簡をこう結んだ。

「宮野にしか紡げない言葉を記し、それが世界にどう届いたかを見届けるまで、絶対に死ぬんじゃね-ぞ」

 宮野は「うん、わかった」と応答した。その約束は、いつどうなるか分からない未来に向けて、信頼すべき相手を得て初めてなされた「賭け」であり「冒険」だという。

 宮野は乳がんにならないこともあり得たにもかかわらず、なった偶然の意味を問い、磯野は生涯における決定的な出会いと別れを今経験しようとしている偶然の意味を求める。2人は出会ってまだ1年も経っていないのだ。

 けれども、2人はその偶然を「魂を分け合った」者の運命として受け入れ、共に歩むことを覚悟した。その時、彼女たちはそれまでとは違う新しい自分を発見する。

 生と死をめぐるドキュメントは、出会いの不思議と恩寵を記したかけがえのない物語になった。

(晶文社 1600円+税)=片岡義博

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