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 絶望の書である。逃げ場はない。本を開くとすぐに「これは実話をもとにした小説である」と記されている。

 この世には、少女をレイプすることに喜びを感じる人間がいるという事実。その被害に遭う少女が後を絶たないということ。読み終えたら、そのことを忘れて生きていくことはできないだろう。あなたは「世界の裏側」を見ることになる。

 台湾・高雄にある高級マンションの同じ階に住む仲良し2人組、ファン・スーチーとリュウ・イーティンは、賢くて感受性が強い少女たちだ。高級志向で世間体を気にする大人に批判的な目を向け、偽善を鋭く感知する。

 2人は文学をこよなく愛し、多くの物語を共有する「魂のふたご」だ。だからこそ2人とも、学習塾で国語を教えている中年男性、李国華(リー・グォホァ)に憧れを抱いたのだ。

 マンションの中でも特に裕福な銭一維(チェン・イーウェイ)が結婚し、妻となった伊紋(イーウェン)が引っ越して来た。スーチーとイーティンの2人は、伊紋にたびたび本を借りに行くようになる。伊紋は本をたくさん持っていたし、文学に明るかったからだ。2人は伊紋に導かれて、ドストエフスキーの小説などを次々に読破してゆく。

 3人の蜜月はしかし、長くは続かない。伊紋が夫の一維に殴られるようになるのと、スーチーが李国華にレイプされるのは、ほぼ同じ時期だった。スーチーはわずか13歳の時に37歳も年上の男に心身を傷つけられるのだ。それから5年もの間、この関係は続く。スーチーは誇り高い少女だからこそ人に言えず、そこから逃げられなくなった。

 李国華は教え子の少女たちを次々に毒牙にかけてゆく卑劣漢である。そして、現代社会の風潮が自分に好都合であると感じている。それは「少女をレイプしても、世界中がそれは少女自身に落ち度があると思い、(被害者)本人までもが自分が悪いのだと思ってしまう」という社会である。

 一方でスーチーは、李国華との関係は愛だと信じようとする。日記にこう書いた。「先生を愛していなければならない。愛する人なら、自分に何をしようとかまわない、そうでしょう?」。彼女は魂と体を切り離すことで生き延びようとした。それを繰り返しているうちに、ついに発狂した。

 スーチーはイーティンとともに台北の高校に進学した際、イーティンに李国華との関係を打ち明けている。そのときイーティンは「汚らわしい」と突き放してしまった。しかしその後、スーチーが18歳で精神を病んだとき、イーティンはスーチーの日記をすべて読み、スーチーの過去を追体験する。2人は本当の意味で「魂のふたご」となる。

 イーティンは李国華のところへ行き、体を投げ出して言う。「お願いだからレイプしてよ。スーチーとまったく同じように」。スーチーが感じたであろう愛や憎悪を感じ、スーチーが見たであろう悪夢を見ようとしたのだ。

 夫のDVに苦しみ、やがてその暴力により流産してしまう伊紋。スーチーの絶望を引き受けようとするイーティン。イーティンは悟る。「裏切ったのは文学を学んだ人間ではなく、文学そのものだ」

 読んでいる間中、ずっと苦しかった。そして文学の無力を思った。しかし同時に、スーチーとイーティン、伊紋の3人の「生」を愛おしく感じた。「世界の裏側」を見てしまった彼女たちの痛みとともにありたいと願った。

 最後に泉京鹿による「訳者あとがき」を読み、さらに打ちのめされた。作者の林奕含はこの物語について「もし読み終わって、かすかな希望を感じられたら、それはあなたの読み違いだと思うので、もう一度読み返したほうがいいでしょう」と書いている。林奕含はこの本の出版から約2カ月後に自死した。

 文学は彼女たちを救えなかった。しかし文学の中に、彼女たちの生は刻印されている。

(白水社 2000円+税)=田村文

【追記】本書の人名表記は漢字ですが、このサイトで表記できない字が含まれている「房思☆(王ヘンに其)(ファン・スーチー)」と「劉怡☆(女ヘンに亭)(リュウ・イーティン)」については、やむなくカタカナで記しました。

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