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 「うれしくて一晩中踊り回った」とか「見るもの聞くもの何もかもきらきら輝いた」と聞けば、「悟り」という目くるめく体験についてもっと知りたくなるのが人情だろう。仏典翻訳家が大乗仏教で悟った人々の体験記を集めた。

 前近代、近代の日本人と中国人ら計43人の手記から覚醒体験を記した箇所が引用される。ほとんどが仏僧だが、女性解放運動家の平塚らいてう、マルクス経済学者の河上肇、右翼テロリストの井上日召という意外な人物も含まれる。

 「悟った」と言っても自己申告だから客観的証拠はない。「言葉にできない体験」ゆえの限界もある。だが著者はそれぞれの悟り体験に共通点を見出し、5段階に分類した。

 すなわち(1)自他亡失(宇宙と自我とが一つになつてゐる)(2)真如顕現(心は驚きのもと崩落した)(3)自我解消(心身を忘失してしまった)(4)基層転換(心が景色を包んでいる)(5)叡智獲得(三十年間の疑問が残らず氷解してしまつた)

 透視や予言といった超能力の獲得、神秘体験に言及する一方、キリスト教による覚醒体験や悟り体験批判も紹介するなどあくまで学問的にアプローチする。そのうえで自己救済で終わらず他者救済に至ってこその悟りと位置づけ、昨今はやりの瞑想ビジネスによる「異常心理」とは峻別する。

 悟りに至るには「強い意志、厳しい節制、長い修行」を要するというイメージがある。その過程を共有せずに超越の境地を興奮気味に伝えられても、意外とワクワクしない。私たちが悟り体験に求めているのは、並外れた努力の末に目的地に到達するという人間臭いドラマなのかもしれない。

(新潮選書 1400円+税)=片岡義博

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