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 ベランダに住むペンギンには生きてる説と生きてない説があった。私の中で。それは高校生の頃、通学で使っていた青い電車の窓から見えた。赤い壁のアパートの一室には、粗大ゴミに出そうと思いつつ放置されている姿見かなんかとサイドテーブル的ななんかと、両手を広げたペンギンがいた。最初はえ、ペンギン、冷蔵庫に住まなくていいの?とか思っていたが(「新世紀エヴァンゲリオン」の観過ぎ)、そもそも置物なのか生きているのか、置物なら不用品なのか否か、毎日目を凝らして確認していた(今日は動いた気がする)。ずいぶん昔の、そんなことをふと思い出した。この本を読んでいたときのことだった。

 スーパーでの、他人のかごの中身確認、不動産屋のガラスに貼られた間取り確認、駅の改札近く、柱のあたりで不穏な空気のまま立ち尽くすカップル確認(別れ話か?)、コンビニで、今どんな味のハーゲンダッツが発売されているのか確認……。益田ミリの新刊は、日々のすきまに転がっている、なんてことのない、でも気になってしまう些細なことを書き留めたエッセーだ。宝塚観劇に行ったときには、劇場内のカフェコーナーで公演期間限定のスイーツの名前の破壊力を確認。「一番最近行った『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-』に付けられた名は『最後のダンゴは俺のもの♪』。」……駄洒落かーい。

 渋谷のスクランブル交差点を歩くとき、外国の旅行者がはしゃいで写真を撮っていると、それを横目で確認し、無表情(ドヤ顔?)で歩くという益田。「その顔は旅行者たちの記念撮影の背景となり、彼らとともに、彼らの母国へと渡っていく」と思いを馳せるという。

 子供の頃、子猫が数匹ダンボールに入れられているのを見つけたこともあった。「やさしい方、飼ってあげてください」そう書かれたダンボールを抱え、クラスメイトと飼い主探しをした。きっとお金持ちだからと大きな家を見つけてはチャイムを鳴らしたという少年少女たち。「冷たく追い返された記憶はない。ただ、飼ってもらえることになり、みんなで喜んだ記憶もない」。その記憶を重ねているのか、のら猫は家猫に比べさみしげに映ると彼女は語る。

 一見とりとめのない随筆集だけど、そこにはわたしの記憶、わたしの思い、わたしが美しいと思うもの、わたしの好きやおいしいやかなしいや、が描かれている。そして同時に誰かのそれらも描かれていて、そのわたしや誰かのそれらが、その集まりが社会をつくる大きな要素であることを知らされる。私たちが暮らす息づかいも、町を構成している。益田の琴線に触れたパトロールを通して、世界をつくるあたたかさのようなものを感じた。あのペンギンは元気だろうか。

(筑摩書房 1300円+税)=アリー・マントワネット

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