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 眠れない夜があったり、突然泣けて泣けて仕方がなくなったり、誰かのことを許せなくてずっと考えたり、その矢印が今度は自分に向かい、また眠れなくなったり……。そんな孤独な夜に寄り添ってくれる、静かな一冊を見つけた。

 漫画家・水谷緑の新刊は、精神科病院が舞台の物語だ。主人公は新米看護師の夜野。彼女はここを訪れる患者や同僚たちとの出会いを通して、自身と、そして「『心の病気』ってなんだろう」という問いと向き合っていく。

 部屋の中に夥しい数の虫が入ってくるという幻覚に苦しむ男性、リストカットがやめられない女性、休職中に漫画喫茶で睡眠薬を飲み、自殺を図ろうとした男性。「死ね」という声が頭の中に響く男性……。

 同僚たちも様々な事情やモチベーションでここにいる。常に冷静な判断を下す、

 訪問看護のスペシャリストと名高い男性看護師や、患者に踏み込まないドライな先輩、患者の急変が滅多にないため、9時5時で帰り子供との時間を大切にできるという理由で選んだ、シングルマザーの先輩。

 柔らかな、絵本のような優しいタッチで描かれる物語に登場するのは、決して明るくふんわりとしただけじゃない、色々な事情を抱えた人々。彼らはスクランブル交差点の赤信号で止まったように、ここで出会う。

 印象的なシーンがある。腹部を刺して自殺を図り入院している男性患者と夜野が、満月の夜に、月を眺めるというシーン。言葉はなく、ただ見上げる時間。去り際男性は、夜野に礼を言い、自分のベッドへと帰っていく。

 言葉では埋まらない隙間がある。名付けられない感情がある。人の心の、目を逸らしたくなるような暗部を、この物語は柔らかなタッチで、否定をせず、声高に叫ぶこともせず、過不足なく描いているように思う。

 あとがきで、作者の水谷がこう語っているのが印象的だった。「その人が本来のその人になるきっかけのひとつが精神科。だから精神疾患は、ある意味自然な通過点」だと。そっか。赤信号に捕まらない人生なんてないに等しいように、心の病気は誰の人生にも起こりうることで、その人が特別弱いのでも脆いのでも、ましてや異常者でもないんだ。

 心の信号が、青になるまでの静かな夜の物語。ただ口に含むだけで安心する、温かいミルクを飲んだような、体に優しい読後感が印象的だった。

(小学館 591円+税)=アリー・マントワネット

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