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 私たちは、とかく、人生を白か黒かで塗り分けたがるふしがある。自分らしい生き方こそが望ましく、そうでない生き方は間違いなのだと。他の誰にでもできるような仕事に就くことは虚しく、自分にしかできない仕事に就くことこそが「成功」なのだと。高層ビルの上層階に構えられたオフィスでてきぱきと働くことがカッコよく、そうでない者はそっと気配を消して、平凡な日常を重ねるのみなのだと。

 本書は、それぞれの事情で農業に関わる女性たちの物語を束ねた短編集である。ある主人公は、過酷を極めたSE職を辞し、とある農場で働き出したけれど、そのことが恥ずかしくて両親に打ち明けることができない。農業に従事することは、一部の人間にとっては「恥ずかしいこと」「隠すべきこと」なのである、との前提に立つことで、そこからの離脱を「望ましいもの」として描く。

 おしゃれカフェでおしゃれに働く自分にどこか違和感を抱える女子は、陶芸と農業に関わる「半農半陶」の生き方を選んだ「はとこ」に刺激され、大叔父が取り組む茄子栽培に興味を持ち始める。東京からやってきた少女が、はとこにまとわりついて、ヒロインに対しては意地悪だ。じゃがいもとにんじんの収穫に追われる農場の経営主のもとには、手慣れぬ元サラリーマンが手伝いにやってきて、定年以前の武勇伝を吹聴しては顰蹙を買う。その男が自宅では、妻を相手に、農業について一席ぶっていることが知れるが、経営主は呆れることなく、農業の専門書を何冊か貸してやる。

 善良だ。きわめて善良である。

 全寮制の農業大学校で暮らす少女は、勉学に励み、友人関係に悩み、きらめく青春を生きている。授業のノートをきっかけに仲違いをし、採れたての農作物をきっかけに和解する。がむしゃらに働いてきた元アパレル系OLは、7年間の片思いを経て、愛する人のもとで麦わら帽子をかぶってみかん畑で草刈りに勤しむ。

 私たちは、とかく、自分の選択を祝福されたがるふしがある。けれど、自分の選択を真に祝福できるのは、自分自身のみである。

 小学生の息子を育てる母親。牛の放牧を手掛けながら、愛する息子を自分のもとに置くか、別れた夫のもとへ行かせるか、彼女は揺れる。一家の空気を変えるのは、牛の出産だ。丘の中腹に立てられた家と、オリーブの木々のそばでひとり暮らす女性は、遠い昔、若かりし日の恋人を思い返す。皆、ささやかな肯定感を胸に、一歩前へと踏み出す。

 それぞれの短編には、実在する地名と農場・牧場の名が添えられている。どの作品も、農作業の描写には、細やかな取材の痕跡が残っている。幼い日、トマト農家に育った女性の成長と、懐かしい人との再会を描いた『トマトの約束』に温められながら、そっと本を閉じた。

(光文社 1700円+税)=小川志津子

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