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 子供の頃、世界は、自分の思うとおりの姿をしていた。好きなものは楽しかったし、嫌いなものはつまらなかった。きらめくアイドルを見つければ、脳内でその人の妹になれたし、お気に入りのキーホルダーを握りしめれば、遠く離れた宇宙の友人と交信することだってできた。

 表題作『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は、正義の味方「ミラクリーナ」として、幼い頃に買ったおもちゃのコンパクトを片手に、日々、近隣をパトロールしたり、人助けをしたり、意気揚々と暮らす36歳の物語だ。理不尽な残業を命じられても、「ミラクリーナ」に(脳内で)変身すれば、笑顔で最速でこなすことができる。だって私は正義の味方だから。

 そんな彼女の親友は、幼い頃に魔法少女ごっこを共にしていた、元魔法少女だ。彼女はとうに魔法少女ごっこを卒業していて、ちゃんと大人になれたクチである。そんな親友が、モラハラ男と別れられなくて苦心している。ミラクリーナは自らの無力さに愕然とする。自分は魔法少女なのに、親友ひとり救い出すことができない。

 大人になるということは、折り合いをつけるということだ。世界が、思うとおりの姿をしていないことを知り、キーホルダーを手放し、コンパクトを手放し、「思うとおりの姿をしていない世界」に自分を順応させる。「世界は思うようにはいかないものだ」とか「辛抱すればやがて報われる」って、自分に言い聞かせながら。

 本書は、それがうまくできない登場人物たちを描いている。2作目に収録された「秘密の花園」は、小学生の頃の初恋の相手を忘れられない大学生の物語。いくつかの恋を経てはきたけれど、初恋の相手との(妄想上の)ファーストキスには到底及ばない。だから人生をうまく前へ進めることができない。そこで、彼女は初恋の相手を自宅に監禁するのだ。

 3作目の『無性教室』は、「性別」なるものが駆逐された学校に通う高校生たちの物語だ。男子も女子も、皆一様にショートカットで、性別を感じさせる装いも行為も一切禁止。けれど、特定の相手を強く求める心だけはコントロールがきかず、主人公はそれを持て余し、思い悩み、そして、ある真理にたどり着く。なぜ、人は、人を愛するのか。なぜ自分は、あの人を愛したのか。ふと考えてしまう1本だ。

 最後に収められた『変容』は不気味だ。「怒る」という感情というか概念全体が消え失せた世界に戸惑う主婦の物語。ずっと親の介護に明け暮れていたけれど、社会復帰がてら働き始めたファミレスで、パート仲間の若者たちは「かっとする」とか「むっとする」とかがよくわからず、悪質な客に何をされてもにこにこしている。そういえば、主婦の夫もあまり怒らない。誰もが、強く相手を拒むことや、強く相手を求めることをしない。世界は、いつの間にこんなふうになってしまったのか。

 「世界」と「自分」とが、激しく異なるとき。それでも、人は、是が非でも生きていくのだ。

(KADOKAWA 1600円+税)=小川志津子

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