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 最初の数ページだけ試し読みをしようとして、ずるりと体ごと持っていかれた。村上龍の5年ぶりの長編小説は、記憶と無意識と想像が織りなす迷宮をひたすら彷徨いながら、作家の原点にまでさかのぼり、小説を書く意味を問う。これまでの村上作品にはなかったテイスト、68歳のベテラン作家の野心作である。

 きっかけは、飼い猫が突然話しかけてきたことだった。作家の「わたし」は戸惑いつつも、自分が思っていること、考えていることが猫に反射される形で返ってきているのだと気づく。

 猫が言う。「ミッシング。まさにそれだ。お前が、探そうとしているのは、ミッシングそのものなんだ。何かが失われている」「お前は、今、何が失われているのかを、知りたいと思っている」。そして猫からアドバイスを受ける。「あの女を捜すんだな」「どこへ行けば、あの女に会えるか、考えるんだ」

 「あの女」とは、若手女優の真理子のことだった。真理子に誘われ、「わたし」は迷宮に入り込む。「この世」と「あの世」の境界であるその場所で待っていたのは、母の声だった。声に導かれるように、「わたし」は意識しているものだけでなく、無意識に埋もれた記憶をたどり始める。

 そこには母から聞いた母の過去も含まれていた。朝鮮で敗戦を迎えた時の衝撃や、引き揚げ体験などが生々しく語られる。百日草の花のエピソードがとりわけ印象的だ。

 やがて「わたし」が生まれ、どんなふうに育ったのか、どんな個性を持つ子どもだったのかといったことに話が及ぶ。デビュー作『限りなく透明に近いブルー』が生まれるまでの軌跡、その誕生の必然が浮かび上がる。

 この作品は、村上龍という作家がなぜ小説を書いてきたのか、どのように書いてきたのかを明らかにする小説でもあるのだろう。例えば、冒頭のシーンで猫がこんなことを言っている。「無意識の領域から、他の人間や、動物が発する信号として、お前自身に届く。(略)表現というのは、信号や情報を発することじゃない、信号や情報を受けとり、編集して、提出することだ」

 「わたしたちの感情の中で、寂しさだけが、本質的なものなのだ」という文章も出てくる。すべてのことは移ろいゆく。「いま」はどんどん過去になってゆく。すべては失われるのだ。過ぎ去った風景や記憶を混ぜ合わせ「わたし」は物語を紡ぐ。想像力が暴走する。「あなたの想像は、あなたの現実より強い」という母の声が、それを裏付ける。

 背後から漂ってくる作家自身の切実さや必然のようなものに心を打たれた。それがこの小説の軸であり、強度の理由なのである。

(新潮社 1500円+税)=田村文

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