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 濃厚な孤独が押し寄せてくる。複雑な海岸線に護られるように広がる湿地の小屋でひとり生きる少女。愛する人たちはもう戻って来ないと悟った時の絶望が、浜辺でカモメたちとたわむれる時の安らぎが、いつしか脳裏に刻まれている。

 1969年10月の朝、米ノースカロライナ州の広大な湿地にある沼で、村の有望な青年、チェイスの死体が発見される。捜査を始めた保安官は現場の状況から、殺人事件ではないかと思い始める。裕福な家に生まれ、大事に育てられたチェイスに殺意を持つ人物などいるのか。やがて目撃者の証言から「湿地の少女」「湿地の貧乏人(トラッシュ)」などと呼ばれているカイアに疑いの目が向けられる。

 物語は、チェイスの事件の捜査が進む69年からのパートと、カイアの成長を追う52年からのパートを往還しながら進む。

52年当時、6歳のカイアは湿地に立つ小屋で、両親と4人の兄姉と暮らしていた。母は優しく、一番年齢の近い兄のジョディは鳥の鳴き声や星の名前、ボートの乗り方を教えてくれた。

 だがある日、母が家を出て行く。飲んだくれの父に暴力をふるわれていたからだ。兄や姉も次々に姿を消し、最後に残ったジョディもいなくなる。大好きだった人たちに置き去りにされた彼女を癒してくれたのは、湿地の動植物だった。大地がカイアの母になった。

乱暴だった父がいっとき穏やかになり、釣りを教えてくれる。しかし結局は、彼女から去る。その後、差別や好奇の目を恐れて学校に行くこともできず、字を読めないままのカイアがサバイバルする様子が描写されるが、あまりに痛々しい。村の人々から蔑まれながらもなんとか生きていけたのは、親切な黒人の夫婦、ジャンピンとメイベルのおかげだった。

 そんな日々が、年上の少年、テイトの登場によって一変する。テイトはカイアに文字を教える。カイアは詩を読むようになり、周囲の自然を観察し記録するようになる。彼女が内的世界をどんどん広げてゆく時期はページをめくるのが楽しい。

 互いに淡い恋心を持つようになるが、そんなテイトさえ、カイアから離れて行ってしまう。失意の底にいる時に現れるのが、心の奥ではカイアを見下しているチェイスだった。やがて、さらに残酷な現実がカイアを襲う。

少女から大人になっていく心と体を、ひとり抱きしめるカイアの孤独。「ついに訪れた恐怖は、海よりも深い場所からやって来た。それは、またひとりになってしまうという恐怖だった」「この孤独を理解してくれる者がいるとすれば、それは月なのだろう。(略)そうして、もの言わぬ野生の世界へと奥深く潜り込んでいった。流れのなかにあっても揺らがないものは、ただ、自然だけなのかもしれなかった」

 カイアはどうすれば、この圧倒的な孤独から逃れることができるのか。そして、チェイスを殺したのはいったい誰なのか。二つのパートが最後に結び付く。

 人間の根源的な孤独を描くと同時に、そこから解き放たれる唯一の方途は自然にあると強く訴えかけてくる。作者は動物学者でもあるという。自然への深い愛と造詣が、物語の根幹を支えている。

結末をどう受け止めるかは人によって違うだろう。私はカイアを抱きしめたくなった。その長い闘いを思い、静かに祈りたくなった。

(早川書房 1900円+税)=田村文

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