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 物語の舞台は、通称「おっぱいマンション」だ。半世紀ほど前、天才建築家と呼ばれていた男が建築した、新時代のデザイナーズマンション。屋上が円状に突起していたから、その呼び名で呼ばれた。本書は、その天才建築家の死後、老朽化した「おっぱいマンション」をめぐる物語だ。父の生き方や仕事ぶりに逆らうように生きてきた天才建築家の娘。学生時代、教壇に立っていた天才建築家に憧れて育った学生。愛する男と「おっぱいマンション」で日々を重ね、若い女に移り気をされて、男は死んだと偽りながら「おっぱいマンション」に住み続ける元女優。そして、天才建築家の死後も、その功績を守り抜いた腹心の部下。それぞれの人生がていねいに語られたあとで、いよいよ、老朽化した「おっぱいマンション」をめぐる住民会議が行われる。

 本書が主題としているのは、「賛成」か「反対」か、「建て替え」か「存続」か、「古い」か「新しい」か、そういった二者択一で描き分けられるような代物ではない。描かれるのは、二者択一以前の、人の生活だ。愛する男の心変わりに翻弄される女。師匠として慕った男から、捧げたもの以上の何かが返ってこないことに失望する男。ああ無情。誰もが、その無情を噛み締めながら生きている。

 だから、クライマックスの住民会議、読み手が手に汗を握るのは、「建て替えか存続か」のスリルではない。登場人物たちが一堂に会して、それぞれが秘めてきた気持ちを、それぞれの形で持ち寄りぶつける、その緊張感である。天才建築家の真意を、娘は知らず、愛弟子は知っている。元女優のひと芝居を、ある男だけが知っていて、愛する人は目にしてもいない。ままならない。人生は、かくも、ままならないものである。

 だから本書がたどり着くエンディングも、「建て替えました!」とか「存続します!」とかの晴れやかなものではない。けれど、それが人生の真理だ。私たちは、どちらともつかない世界を、今日も生きる。

(新潮社 1400円+税)=小川志津子

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