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 人は、いったいいつ頃から、自分にとって有益か無益かで、人付き合いを選びとるようになるのだろう。

 本書の語り手は、小学生の女の子である。彼女の家は父と母の、風変わりな友人たちのたまり場だった。だから彼女は幼い頃から、ありとあらゆる大人たちに囲まれて育った。父や母が不在のときには、大人たちが少女の面倒をみていた。他の級友たちもそうなのだと、彼女は思い込んでいた--。

 著者の父親は、2004年に亡くなった中島らもである、と言い添えると、そこはかとなく納得がにじみ出てくる。確かに彼の著書を開けばたくさんの、変わった友人たちのエピソードがあふれかえっているから。彼はそれらの交友関係を、自分で編み上げたわけだけれど、その、編み上がった交友関係の真ん中に生まれ落ちた著者にとって、それは、生まれたときからすでにある世界だ。望む望まざるに関わらず、そこにすでにあるもの。太陽は東からのぼり、晴れた空は青く、自宅にはおかしな大人がうようよしている。

 だからこの本の主人公も、変わり者たちをジャッジしない。家に他人がうようよしている状況を、いいとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、好きだとか嫌いだとかで判じない。変わり者たちも同様である。セレブな祖母に少女が連れ去られても、そこから少女が自力で脱出を図っても、それはそれで、彼らの日常は変わらずに続いていく。滞りのない流れの中で、しかし一箇所、胸をわしづかみにされた描写があるのだ。

「わたしの周りからは人も動物も物も、なんだって突然いなくなる。(中略)そして忘れた頃にひょっこりと戻ってきたり、そのまま二度と姿を現さなかったり、その繰り返しなのだ。どうせ出てこないものは消えたままなのだから、探したって無駄だ」(『人間信号機』より)

 そう、彼女たちは「存在」と同様に「喪失」さえも受け入れる。本書には父親も母親も登場しないのだけれど、そのことの寂しさとか不安とかは、少女の口からは一切語られない。そんなふうにして育った著者が今、恨みとかつらみとかではなく、「ものをつくる」ことに自分を注いでいる。その事実が、こんなにも晴れやかでうれしいのだ。

(朝日新聞出版 1800円+税)=小川志津子

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