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 最大週5で飲んでいた。場所は専ら職場近くの公園で、丸い砂場があるそこをコロッセオと呼んでいた。「ロンバケ」のVHSを夜通し観ながら飲んだ。

 初めて馬券を買ったのも彼らとだったし、テキーラのショットグラスをこたつの真ん中に置き、ぐだぐだの山手線ゲームもした。旅先の写真、酩酊状態の写真、トイレに導入されたウォシュレットと共に撮った写真。どれもブレブレで、どれも楽しそうな顔をしていた。そのうちの二人が「死にな」の日(新婦命名)に結婚式を挙げ、その宴で人生最大に熱唱した。そんなことを久しぶりに思い返したのは、この本を手にしたからだろう。

 奥田亜希子の新刊は、自身初となるエッセーだ。テーマは「青春」。学生時代、青春と聞いて連想するありとあらゆる事柄に一切無縁であった奥田は、しかし社会人になってから、これまでの遅れを取り戻すかのように遊びまくる。特別気が合うわけでもない、ただただ気楽な職場の同期5人と。フェスもパーティーも恋も海もBBQも出てこない(恋は一応登場するが、青春とは一切関係なし。海は登場こそするが物理的にただそこにあるのみ)。出てくるのは椎茸狩りと甲冑試着、新聞紙で作った人間の大きさの人形(顔には某俳優の写真が貼付)など。本書は「控えめに言ってもクレイジー」な青春の記録である。

 能映画観賞部に徹夜カラオケ、それぞれの恋人や元恋人に電話をかけて、自分の外見のどこが好きか尋ねるゲーム。「愛されOL」のコスプレをして青春18きっぷを駆使する旅。色違いのつなぎを着て朝までひたすら歩いたり、つなぎで動物園で写生会をするも誰ひとり何も描かなかったり。台風の日の夜にスーパーマーケットで投げ売り状態の惣菜を買ってきて食べた後、下着姿でベランダに出て暴風雨を全身で感じる「台風を見る会」を開催したり……。

 毎晩のように誰かの部屋に集まって、遊び疲れたらひとつのベッドに5人で寝る。そんな日々の描写は、不思議と会話はほとんど出てこない。クセが強めのこれらの思い出を、実に淡々と記しているのだ。あの頃を思い返しながら筆を進め、覚えていないことは創造やおぼろげな記憶で補完しないと決めているような、確固とした筆致。だから会話だけでなく同僚たちの性格など主観的な描写もでてこない。橋本、矢田、山口、和田、清野という5人の同期が登場するが、誰が誰だか今ひとつわからないまま終わる。

 だから、人物相関図が見えないのだ。数々の計画の言い出しっぺ的な、ムードメーカーが誰かもわからない。もしかしたらこのトリッキーな数々のアイデアは、6人が集まったら自然発生的に浮上するこっくりさんのようなものだったのだろうか。

 そして描かれる日々がナチュラルにヤバければヤバいほどに、際立っていくのが著者の生真面目さ。それは本人も理解しているようで、自らに課すルールについても触れている。例えばメッセージアプリ「LINE」をしない。夫に子供を任せて遊びに行くことに、感謝はしても罪悪感は抱かない。また、娘と大縄跳びの練習をしていた夫に「一緒にやろうよ」と誘われるも、「私は大人になった幸せのひとつに、縄跳びと長距離走をやらなくていいことがあると思っている。二度と誘わないで欲しい」と断ったりもする。もはや自分を律してるんだか律していないんだかはわからないが、とにかくなんとなくでは行動しない。

 そのめんど面白い性格が顕著に表れているのが、本書に収録されているもうひとつのエッセー「記録魔の青春を駆け抜ける」だ。小学生の頃からおよそ四半世紀に渡り日記をノートや手帳、サイトに書き続けてきた奥田の、「記録魔」としての黒歴史を振り返るというもの。あああああああああああああ、と脇汗かきながら(イメージです)、それでも次々と自ら暴く過去の日記。「まったく……もうiya(?)ー!!」と感嘆符が渋滞を起こしたり、数学が難しくて「青い空のバッキャロー!!」叫んだり、中学の自己紹介文で「生まれ変わったら悪魔になりたい」と書いたことに言及したり、なんかもう、作家の片鱗があるんだかないんだかわからないけど、でもとにかく書くことが楽しくて仕方がないことが前面に伝わってきて恥ずかわいい。

 日記も遊びも、誰になんと言われようと全身全霊で楽しむ。その決意が、無敵感がまぶしい一冊だ。私も同期に会いたくなった。

(集英社 1350円+税)=アリー・マントワネット

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