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 あ、これ三人称の小説だった。途中でふとそんなことを思った。

 作家、漫画家、イラストレーターという肩書きを持つしまおまほ。初めて彼女を認識したのは中学生の時だった。当時買っていた雑誌にエッセーを連載していたのだ。その時の彼女は大学生くらいで、ミュージシャンやアーティストの友達がいっぱいいて、東京の才能あふれる女の子って感じ。キラキラしてて唯一無二で怖いものなんかひとつもないみたいな顔してて、住んでいるのは同じ東京なのに、遠い国の話のようだった。

 しまおの新刊は、著者初となる長編恋愛小説だ。舞台は2010年の東京。雑誌を中心に活動するフリーカメラマン・安藤シオには、連絡を心待ちにしている男がいた。

 「文雄と過ごしている時間。シオは何かがキラキラと瞬いているのがわかった。この輝きは、いつかうんと歳をとった自分自身へのご褒美になるのだろうと、信じていた。」

 7歳年上の文雄とは3年ほど前に居酒屋でたまたま知り合い、以来文雄が気まぐれに連絡をよこすときだけ会う関係。デートもするし部屋に泊まって行くこともあるが、シオは文雄がどこに誰と住んでいるのか、人づてには映像関係と聞いたが一体どんな仕事をしているのか、自分のことをどう思っているのか、何も知らないし、聞けなかった。

 文雄とも自分とも向き合えず、刹那的な幸福感とその根底に流れる不安の間で揺れ続けていたある日、東京が、関東が、東北が大きく揺れた。2011年3月。昨日までの、1秒前までの日常が音を立てて崩れてしまう、そんな混乱の中で、シオのスマホが鳴る。

 「地震大丈夫だった?明日からしばらく京都に行くんだけど、シオもどうかな、と思って」

 待ち続けていたその相手は文雄ではなく、ずいぶん前に嫌な別れ方をした元彼だった。

 三人称の小説であることを忘れてしまうほどに、シオの心の揺れ動くさまがこまやかに描かれていて、読んでいて苦しくなる。

 雑誌によくある「あなたは一重?それとも二重?」なんてAとBの矢印を選んで進むフローチャートみたいに、シオの選択にかつての自分の選んだ道を、弱さを、ズルさを重ねて見てしまうのだ。

 「千石さんが言っていた自分で運命を切り開くってこと、『バネッサ』のオジさんが言っていた向き合うってこと、それらを実行したつもりだった。でも本当は『終わらせたい』と言ったら、どんな返事が来るかを待っていただけなんだ。別れるつもりなんて最初からなくて、試すようなことを言ってみただけなんだ」……。

 それでも物語は一縷の望みを残し幕を閉じる。分厚い雲から一筋の光が見えるようなラストシーンが印象的だ。そういえばあの雲間からの光、天使の梯子っていうんだっけ。あの梯子を上った先に幸せがあるのか、終わりが待つのか。いや、上ったって上らなくたってどっちだっていい、自分で選んで進むこと。

 相手に自分の船の舵を取らせないこと。自分で光の射す方を見据えること。結局のところ、幸せも大人の階段も、その先にしかないのかもしれない。

(文藝春秋 1600円+税)=アリー・マントワネット

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