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 国籍、言語、宗教、性的指向…。あるカテゴリーに自分が分類されるのは、時に息苦しい。でもその分類から自由になろうとすると途端に足場が揺らぎ、不安になる。常に自由を希求しながら、同時に何らかのカテゴリーに属して安心したい。私たちは、そんな背反する欲求を持っている。

 李琴峰(りことみ)の小説『星月夜』は東京を舞台に、自由と不安の間で揺れる2人の女性の愛と亀裂を描く。大学で日本語を教える台湾出身の柳凝月(りゅうぎょうげつ)と、新疆ウイグル自治区出身で、日本の大学院を目指して勉強中の玉麗吐孜(ユーリートゥーズー)。外国にルーツがあり、同性愛者でもある2人の女性は、二重、三重にマイノリティーであり、それゆえの苦しみを抱えている。そんな2人が出会って惹かれ合い、傷つけ合う。

 2人には共通するところもあるが、違うところも多い。

 玉麗吐孜はイスラム教徒で、東京にいても礼拝を欠かさないし、ハラール処理していない肉は食べない。そして新疆は中国政府から弾圧されているから、一度帰国したら再出国は難しい。家族に電話しても盗聴されている可能性があるため、緊張を強いられる。

 柳凝月は自分が新疆ウイグル自治区のことをほとんど何も知らないと気付く。玉麗吐孜は逆に、台湾のことをあまり知らない。

 2人は中国語(漢語)で話せば通じるが、日本語で話をすることもある。でも片や日本語を完全に使いこなし、片や意思疎通が困難で常にもどかしさを感じていて、その点だけでも2人の間には大きな隔たりがある。互いに最も分かり合える相手のようでいて、実は違いの方が大きくて、なかなか溝を埋められない。近いようで遠い存在なのだ。

 同性愛者であることについて2人が話をする場面が印象的だ。自分を受け入れられず、肌を重ねた後はいつも塞ぎ込んでしまう玉麗吐孜に、柳凝月が言う。「あなたは今日本にいる。(略)自分を自由にしてあげようよ」。玉麗吐孜はゆっくり首を振る。「自由って何?」

 言葉の扱い方の繊細さが、この小説の最大の特徴であり、魅力だ。物語の後半、絵美という名の日本人女性が、玉麗吐孜に好意を持っているものの、うまく意思疎通できないことで「無力感に包まれました」と柳凝月に告白する。絵美は柳凝月にメールでこう記す。「過去の積み重ねで人間は成り立ち、言葉のやりとりで理解は生まれる。言葉が届かないということは、過去が伝わらないということでもあります」

 タイトルの読み方は「ほしづきよ」ではなく「ほしつきよる」。なぜそう読ませるのかはここに書かない。本を読んで確かめてほしい。

 玉麗吐孜が回想する新疆ウイグル自治区の自然や家族との関係の描写が美しい。そして東京に暮らしている彼女の心細さや不安定さが切ない。

 私も柳凝月と同様、新疆ウイグル自治区のことをあまりに知らない。そして玉麗吐孜と同じように、台湾のことも知らない。

 日本で暮らすあまたの外国の人たちの背景をもっと知りたい、知らなければならないと切実に感じる。たくさんの差別や抑圧を放置しているのは、マジョリティー側の怠慢であり、暴力とさえいえる。

 柳凝月は入国管理局で延々と待たされる。玉麗吐孜は在留カードを家に忘れたことで警察に屈辱的な扱いを受ける。マジョリティー側のこうした暴力性は、物語に暗い影を落とす。

 苦しみ、あがき、抗う者たちのために、文学はある。柳凝月と玉麗吐孜が2人で見つめる星月夜、この夜空を描くために言葉はあるのだと思えてくる。

(集英社1500円+税)=田村文

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