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 本書のページをめくった夜は必ず夢を見た。悪夢もあった。訳者はあとがきで「訳出中、脳の奥底を引っかかれるような感覚に断続的に見舞われた」と記している。世界中の地下空間を探検したこのルポルタージュは、読む者の深層意識に訴えかけてくるようだ。

 16歳の時、近所の地下トンネルに入ってその空間に魅入られた著者は以後、取り憑かれたように世界の地下を探索する。

 ニューヨークの地下鉄の駅と駅の間にある壁に「落書きライター」がスプレーで書いた何百という手記を書き写して回った。中米の洞窟では古代マヤ人の大量の骸骨や陶器の壺に息をのんだ。19世紀からパリの地下愛好家らの交遊の場でもあったカタコンブ(地下納骨堂)では「隠れ部屋」に飾られた彫刻やオブジェに目を奪われた。

 暗闇の中を腹ばいで進み、悪臭と汚水にまみれ、ネズミやコウモリと遭遇する。カタコンブでは8時間、迷子状態になる恐怖を味わい、ピレネー山脈にある洞窟では1万4千年前の野牛像に感涙し、米国東部の洞窟では完全な暗闇による感覚遮断実験に挑んで変性意識状態を体験した。

 地下は遺体を埋める「死の世界」であると同時に、数多の生命体を生みだす「生の世界」でもある。著者は神話や伝説、文学、哲学、生物学の知見を引きながら自身の欲望と衝動を見つめ、人類が地下世界と結んだ関係について考える。古代人は霊的世界とつながるために洞窟の暗闇に向かった。私たちも「自分より偉大な何かに手を触れるため、秩序だった現実の向こうにたどり着きたいという静かな欲望によって地下へ引き寄せられる」。

 著者に導かれるようにして、私たち読み手も恐れと高揚を携えて地底へ、深層へと下りていく。そこは未知の魅力と驚異に満ちた世界だ。時折挿入される写真や図版が、なんと不気味で謎めいていることか。

 世界の半分以上の洞窟はまだ発見されていないそうだ。私たちの足元には広大な闇の領域が広がっている。その事実にたじろぐ。

(亜紀書房 2200円+税)=片岡義博

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