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 世界中に爆発的な勢いで波及した「#MeToo」運動の発火点になったのは、米紙ニューヨーク・タイムズのジョディ・カンターとミーガン・トゥーイーという2人の女性記者を中心とするチームが手掛けた一連の報道だった。彼女たちは、米国映画界で絶対的な権力をふるっていたプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインが、大勢の女優や女性従業員たちに行ってきた性暴力や性的虐待、ハラスメントを暴いたのだ。

 そう書くと、ニューヨーク・タイムズ紙の華々しい成功譚のように聞こえるかもしれないが、本書を読んだ印象はそれとは違う。『その名を暴け』に登場する記者たちは小さな事実を掘り起こし、積み上げていく。日々の敗北に屈することなく、挑戦を繰り返す。こつこつと調査報道を続ける。本書はそうした努力の結晶である。

 本書に記されたワインスタインのやり口は、例えばこうだ。

 ある女優はワインスタインにホテルに呼び出され、レストランで話すのだろうと思って行くと、スイートルームに案内される。困惑しながら入ると、バスローブ姿のワインスタインが待っていて、マッサージをしてもらいたいと言う。

 要求はどんどん性的なものになっていく。彼女はそのたびに要求を拒むが、ワインスタインは下劣なことを言い続ける。彼女は「要求を拒めば、女優の重要なキャリアを棒に振ることになる」という恐怖と闘いながら、無事に部屋から出る方法を探る-。

報道する前にも、被害を訴えた人たちはいた。だが弁護士らから勝ち目はないと告げられ、秘密保持契約と示談金で口を封じられた。ワインスタインが口封じをするための金を持っていることが、被害者を次々に生んだ理由でもあったのだ。

 本書にはワインスタインによる加害以外にもう一つ、重要な事案の記録も含まれている。

 ワインスタイン報道の約1年後、カリフォルニアの大学の心理学の女性教授、クリスティン・ブレイジー・フォードが米上院の司法委員会の公聴会に出席し、当時最高裁判事に指名されていたブレット・カバノーから高校時代に受けた性被害について証言した件である。証言に至る経緯や二次被害の深刻さも、本書の重要な柱だ。

 終章「集まり」では、取材に応じた女性たちが「その後」について語り合う。

 著者は書く。「この部屋にいるひとりひとりが、そしてもっと大勢の人々が、わかっているのだ。『話を公表しなければなにも変わりはしない』ということを」。証言をした女性の一人が言う。「わたしたちはいまも笑っている。足を一歩前に踏み出したからといってだれも死んでなんかいない。わたしたちは炎の中を歩いたけど、みんなその向こう側にたどり着いた」

 本書の原題は「彼女は語った」(「SHE SAID」)である。読み終えて、この原題の重みが胸に落ちる。登場するのは「彼女たち」だが、ひとりひとりが最後は、自分自身で勇気ある決断をし、困難な一歩を踏み出した。SHEという単数形には、個々のその決断に対する尊敬が込められているだろう。

 彼女たちはあまりにも理不尽な被害に遭った。尊厳を踏みにじられて傷つき、後遺症に苦しんでいる人もいる。告発すれば世間からどんな目で見られ、どんなバッシングを受けるのか、想像して足がすくんだはずだ。それでも語った人たちの歩みはそれぞれ違うが、どれもすばらしく貴重で、尊い。

 そして、その背後には「語らなかった」人たちがいる。

 語った人も、語るべきか迷っている人も、語らないことを決めた人も、みな涙を流し、大きな屈辱や苦悩、悲嘆を抱えて生きてきたのだということを忘れてはならない。

 本書は「語った」人と「語らなかった」人を分断するためにあるのではない。両者が連帯し、共に前に進むために出版されたのだと思う。性による差別や抑圧から抜け出せない社会を、一日でも早く過去のものにするための一石である。

(新潮社2150円+税)=田村文

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