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 不思議な印象の漫画だった。ユーモアと当たり障りのない会話、その根底に流れる怒りを丁寧に描いている。

 高校一年生の直達は、実家よりも学校から近いという理由で叔父の住む一軒家に下宿することになる。初めて家に向かう夜、雨の中、傘をさして駅で待っていたのは、同居人の榊さん(26歳OL)だった。榊さんの無言の圧力に、自分は招かれざる客ではないかと案じる直達。彼はしばらくしてその理由を知ることになる。直達の父親と榊さんの母親はダブル不倫の末、10年前に失踪した過去があったことを。一年ほどで帰ってきた父親に反して、彼女のお母さんは以来一度も家に帰ることなく、10年が過ぎたということを。

 あらすじだけを書くと随分重いテーマのようだが、絵のタッチも相まってストーリー展開は軽やかな印象だ。あっけらかんとした笑いとネガティブな感情が違和感なく同居していて、やっぱりつかみどころのない、不思議な印象だ。

 「怒ってもどうしょもないことばっかりじゃないの」変えられない過去についてそう割り切ろうとするも、自分の中の憎悪を持て余している榊さん。「あの人、本当は怒りたいんじゃないの」そう思った直達は、ひとりで背負い心を閉ざしている榊さんの荷物を、半分持ちたいと彼女に伝えた。そして物分かりのいい「いい子」の自分を手放して、彼女が蓋をしてきた感情に触れようと何度も試みる。

 最終巻である3巻で、ついに榊さんは自分の中の怒りと対峙し、また母親にその感情をぶつけた。

 「この人はお母さんが大好きだったんだ。なのに、もう怒ることでしか繋がれない」……。

 純粋で非生産的で悲しい対面を終え、直達はそんな榊さんのことを「全部覚えておく」と約束する。お母さんが大好きで、お母さんに怒り、傷付いていた榊さんを、16歳から時が止まったままの「千紗ちゃん」を、覚えておくと。だから怒りは手放して、幸せになっていいんだと。

 堰き止められていた水がふたたび、流れ始めたようなラストシーンだった。そのキラキラ光る水の勢いに、過去の記憶も感情も洗われて、流されていくよう。

 あまりにきれいで、読み終わっても、本を閉じても、離れられない。

(講談社 各620円+税)=アリー・マントワネット

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