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尼崎JR脱線事故

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石橋孝広さん
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石橋孝広さん
長男孝広さんをしのばせる桜の開花を喜ぶ石橋位子さん=大阪府阪南市内
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長男孝広さんをしのばせる桜の開花を喜ぶ石橋位子さん=大阪府阪南市内

 今年も庭先で咲いた桜に語り掛ける。「いつも見守ってくれてありがとう」-。2005年の尼崎JR脱線事故で長男孝広さん=当時(34)=を失った、石橋位子(たかこ)さん(74)が住む大阪府阪南市の自宅の庭で、事故後しばらくして偶然植木鉢に生えた桜が毎年花を咲かせている。丹精して育て、事故後10年の春に初めて花を付けた。毎年開花すると、息子から“便り”が届いたように感じるという。JR西日本への憤りは消えないが、位子さんはこの桜を事故現場に植えてほしいと願っている。

 陸上自衛官だった孝広さん。伊丹市の駐屯地から当直明けで帰る途中、事故に巻き込まれた。位子さんの還暦の誕生日だった4月27日が、通夜の日となった。山登りが共通の趣味。孝広さんが「5月の連休明け、立山に連れてったるわ」と誘ってくれたのは、亡くなる2週間前だった。

 事故後に孝広さんの自宅に入ると、新品の登山靴があった。「あの日、どんな気持ちで車両に乗っていたのだろう」。今もその登山靴を見ると胸が詰まる。事故原因に迫ろうと、JR西日本の歴代社長らの裁判も傍聴。御巣鷹山(群馬県)や余部橋梁(きょうりょう)(兵庫県香美町)など、他の事故現場にも足を運び、本当の安全とは何か考えてきた。

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 8、9年前の秋、位子さんが何げなく庭の植木鉢をのぞくと、真ん中から20センチほどの枝が伸びていた。育てた経験はなかったが、桜のようだった。

 桜の季節は、事故が起きた4月の記憶と重なる。つらくもあったが、「僕が生きていたことを忘れないで」という息子からのメッセージのように感じ、夏場の水やりや挿し木を続けた。根もぐんぐん伸び、事故10年となった15年の春、初めて花を咲かせた。

 今年も4月上旬、位子さんの背丈を上回るほどになった枝に、十数輪の薄い桃色の花が付いた。母子のつながりを確かめ合えた気がした。

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 位子さんは孝広さんの写真を持って、今も登山などを続ける。中山(なかせん)道は足かけ2年9カ月で踏破。今年2月には、事故前年に息子と訪れた金剛山にも登った。あんこが好物だった息子を思い、旅先ではたい焼きを二つ買っている。

 JR西日本に対し、植木鉢の桜を追悼施設「祈りの杜(もり)」に植樹してほしいと求める位子さん。「目立たない場所でいい。1年のうち数日しか咲かない命を見て、心が癒やされる人もいる。少しでも事故の記憶をとどめてくれる存在となれば」と願う。(竹本拓也)

2020/4/25

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