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尼崎JR脱線事故

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脱線事故で亡くなった当時34歳の元同僚男性を思い、好きだったタバコ「ラッキーストライク」と缶コーヒーを現場近くに手向ける50歳男性=25日午後3時52分、尼崎市久々知西町2(撮影・辰巳直之)
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脱線事故で亡くなった当時34歳の元同僚男性を思い、好きだったタバコ「ラッキーストライク」と缶コーヒーを現場近くに手向ける50歳男性=25日午後3時52分、尼崎市久々知西町2(撮影・辰巳直之)

 初めて追悼慰霊式が中止となった25日、尼崎JR脱線事故の遺族らはそれぞれの方法で犠牲者の無念に心を寄せた。胸の中で悼んだり、マスク姿で現場を訪れたり。各地で「事故を風化させない」と強く誓った。

 「会いに行けなくてごめんね」。次男昌毅さん=当時(18)=を亡くした神戸市北区の上田弘志さん(65)は事故発生時刻に、自宅の仏前で手を合わせた。

 「息子は墓や自宅ではなく、事故現場にいる」と現場に通い、ビデオ撮影を続けてきた。遺族の間で意見が分かれている現場での車両保存については、「事故の悲惨さや公共交通の安全を伝える場に」と公開を求め続ける。

 今年はうれしい知らせも。3日前、昌毅さんと同じ22日生まれの初孫が誕生した。「来年も追悼の動きが縮小しないか不安だけど、孫と現場に行きたい」

 長女早織さん=当時(23)=を失った同市北区の大森重美さん(71)は、仏壇のある和室で静かに発生時刻を迎えた。重大な死亡事故を起こした企業などの刑事責任を問う「組織罰」実現に向け、「遺族が声を上げ、社会に理解を求めていく」と誓った。

 オペラ歌手を夢見ていた早織さん。DVDに残る娘の歌声をようやく聴けるようになった。事故の記憶ととともにうっとうしく感じていた桜の開花も、今年はじっくり見つめた。「初めて美しいと感じられた。これも15年という月日なのかな」

 次男が重傷を負った大阪府松原市の西尾裕美さん(62)は、午前9時過ぎに現場施設へ。事故車両が衝突したマンションの壁に向かって祈りをささげた。

 「JR西日本が安全な会社になることが、被害者の立ち直りにつながる。なのに15年たっても安全対策は不十分。しっかり反省してほしい」と涙ぐんだ。(竹本拓也、前川茂之)

2020/4/25

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