前回までのあらすじ
天狗のオテンから大朝のテングシデ群落について教えてもらったマル。オテンの背中に乗って向かったのは一面に花が咲き乱れる八幡高原の赤ソバの畑。東の空から真っ赤な太陽が顔を出し、カープ帽のように赤く染まっていた。
◆ ◆
オテンとは赤ソバ畑で別れることにした。
「オレは結構ケンカが強いぜ」と息巻くオテンを合戦に巻き込みたくなかったからだ。
旅立つオレに、オテンは二つのことを伝えてきた。
一つは、旅の終わりにマツダスタジアムで再会しようということ。
もう一つは、厳島に向かう途中で、有力な武器が手に入るということだ。
「危なくなったらワシを呼べよ! どこだってこの翼でひとっ飛びじゃけ!」
飛び立つオテンに手を振って、オレは〈安芸太田町〉にやって来た。
階段状に造られた田んぼが目についた。黄金に輝く稲穂に心を奪われ、はじめはうっとり見とれていたのに、そのうちお腹がグーグー鳴った。
「腹が減っては戦はできぬ」と、最初に言ったのは誰だったのだろう。きっと食いしん坊だったに違いない。
オレと仲良くなれただろうなと思いながら歩いていると、不思議な光景に出くわした。
線路はないのに、駅があるのだ。〈加計駅〉という案内の方に歩いていくと、甘い香りが鼻をくすぐった。振り返ると『鯛焼き』の文字が目に入る。
タイはオレの大好物だ!
あわてて走っていくと、ちょうど店じまいしたところのようだった。店主のおじさんが中から出てきて、大きくノビをしている。
「ん? なんだ、デブ猫。鯛焼きが食いたいんか?」
「ニャニャン!」
「ネコなのに、変わっとるな。じゃあ、ちょっと待っとれ。特別じゃけぇな」
オレはこれ以上なく尻尾を振った。そして三分後、おじさんが持ってきてくれたのは、オレが想像していたタイとは姿形がまったく違った。
「熱いからな。やけどするなよ」
やさしく頭をなでてくれたおじさんに、一応「ニャン♪」とお礼を言って、オレは加計駅のベンチに腰かけた。
外はカリッと、中はフワッと……。口いっぱいに甘さが広がる。
タイとは似ても似つかぬ味だけれど、涙が出るほどのおいしさだ。
「世界にはこんなにおいしいものがあふれてるのに」と、暮れなずむ街を見つめながら、オレはまた独り言を言っていた。