連載・特集 連載・特集 プレミアムボックス

骨董遊遊

  • 印刷
筆者が一時収集に夢中になった石版の美人画
拡大

筆者が一時収集に夢中になった石版の美人画

筆者が一時収集に夢中になった石版の美人画

筆者が一時収集に夢中になった石版の美人画

「骨董が手っ取り早く分かる本、ない?」

 友人らに、時折尋ねられることがある。骨董をテーマにした本なら無数にある。が、私が「骨董本」として最初に推薦するのは、文豪、幸田露伴の「骨董」(岩波文庫「幻談・観画談」収録)だ。大正15(1926)年に発表した骨董の本質を正面から論じた随想である。

 まず、骨董という言葉の語源を述べる。中国の言葉だが、文字自体に意味はなく「こっとう」という音に、漢字をあてはめたにすぎず、骨董の定義も「何でも彼(か)でも古い物一切をいうことになっている」という。

 「骨董いじりは実にオツである、イキである」と、露伴は骨董収集を擁護する。骨董に使う金は、「高慢税」というべきもので、(政府ではなく)骨董屋へ回って世間に流通し景気をよくする、と続ける。

 歴史にも詳しい。高慢税を払わせようとした元祖は織田信長で、それを広めたのは豊臣秀吉。秀吉は茶道を大いにはやらせ、千利休に高慢税の額を査定させた。利休が指さす鉄は黄金となり、利休は「錬金術を真に能(よ)くした神仙」になった、と述べる。

 露伴はいわば日本の「骨董史」の始まりを、鮮やかに解き明かしたのだ。「掘り出し物」の言葉のいわれや、陶器の名品を巡っての殺人や自殺者が出たという中国・明時代末期の話を紹介するなど、骨董とは何かを考えさせてくれる。

 次に骨董好きで知られた文芸評論家、小林秀雄の「骨董」(新潮文庫「モオツァルト・無常という事」に収録)もお薦めしたい。

 「骨董はいじるものである、美術は鑑賞するものである」と断じ、ガラスの箱に収まるしかない唐三彩(とうさんさい)の駱駝(ラクダ)などは「鑑賞陶器」して退け、「骨董とは買うもの」なのであると。

 骨董を始めたころ、露伴、秀雄両先生の御高説にふれ、「骨董買いの気分」がいや応なしに、ハイとなり、骨董病を悪化させたのだった。

 また、骨董の大衆化に功績のあった人物として古美術研究家の料治熊太を紹介したい。古本屋で偶然買った「明治もの蒐集(しゅうしゅう)」(1963年、徳間書店)で、彼の名を知った。明治生まれの筆者が、当時、骨董価値が低いと見られていた「明治もの」の版画、ランプ、丹波焼などを一つ一つ解説し、「時代の特質を生かし切っている」などと、それぞれを評価した。

 1973年には、「明治の骨董」(光芸出版)を刊行。「“明治の骨董”というタイトルを見て、ただそれだけで蔑視する人もあるかと思うが、明治ものであれ、大正ものであれ、今日の時点で、今日にないよさが器物にあれば、それに目を向け喜んで骨董の座を与えてやるべきである」と断じている。

 私は「明治もの蒐集」から、石版画(リトグラフ)の存在を知り、特に当時の美人画収集に一時夢中になった。写真でも、絵でも表現できない不思議な美に感動したのだ。彼の著作には、ほのぼのとした気分にさせる“収集体験記”なども交じり、飽きない。ぜひ手に取ってほしい一冊である。

(武田良彦)

●幸田露伴 (こうだ・ろはん、1867‐1947年) 小説家、第1回文化勲章受章者。

●小林秀雄 (こばやし・ひでお、1902-1983年) 文芸評論家。

●唐三彩 唐代の陶器の上の釉薬の色。または、唐代の彩陶の総称。釉薬の色でも特にクリーム色・緑・白の三色の組み合わせ、または緑・赤褐色・藍の三色の組み合わせを主としていることから三彩とされる。

●料治熊太(りょうじ・くまた、1899-1982年)古美術研究家。子にTBSのニュースキャスターなどを務めた直矢(なおや、1935-97年)がいる。

2016/1/8

天気(2月24日)

  • 14℃
  • 5℃
  • 0%

  • 14℃
  • 1℃
  • 0%

  • 14℃
  • 4℃
  • 10%

  • 14℃
  • 3℃
  • 10%

お知らせ