革新的なアプローチでがんを攻撃する「光免疫療法」が頭頸部がんの治療に保険適用されて1年。頭頸部がんの治療現場では、学会の理事長を務める神戸大病院耳鼻咽喉科頭頚部外科の丹生健一教授(61)が実績を重ねてきた。丹生教授に、今後の展開を聞いた。(霍見真一郎)
-神戸大病院では今年4月、保険適用を受けて光免疫療法が始まりました。どのような印象ですか。
「実際にやるまでは半信半疑でしたが、確かに効きますね。数日でがんが縮んでくる。見ているそばから縮むわけではないですが、雪だるまが日光に当たって溶けるようなイメージです。医師になって35年、頭頸部がんの患者を5千人以上診てきましたが、こんなに速く効く薬はこれまでありませんでした。針のような器具を使えば、より深い場所のがんを治療することもできるし、治療時間は1時間程度で済みます。患者側にも医療者側にも、負担は少ないです」
-光免疫療法の登場まで、頭頸部がんの治療はどのように変遷してきたのですか。
「1990年代には、大きく切除した部分を腕やおなかの皮膚、腸などを使って再建する方法が生まれ、大がかりな手術が増えました。2000年代になると、放射線と抗がん剤を併用することで進行がんでも抑制できるようになり、治療の流れが大きく変わりました。ところが、化学・放射線療法だけで治そうとすると、後で筋肉の線維化によって飲み込む際に障害が出たり、喉が狭くなったりして亡くなるケースが出てきました。そこで、10年代からは早期のがんを内視鏡などで切除していくのが主流になったのです。その後で出てきたのが光免疫でした」
-光免疫療法の特徴とは?
「正常細胞への影響が極めて少ない点がこれまでの手術、放射線、抗がん剤の三大治療と異なります。光免疫療法は、特定の波長の光を受けたときだけ強いエネルギーを発する物質を点滴し、抗体薬にがん細胞まで運ばせます。がん細胞にその物質が集まった時点で光を当てると、『爆破スイッチ』が押される仕組みです。がん細胞だけを精密に攻撃する誘導ミサイルと考えるといいでしょう。日本人は口や喉、食道などに何度もがんができる傾向がありますが、手術を重ねると一緒に切除される正常な粘膜も増えるし、放射線治療は被ばくの関係で限界がある。今はまだ保険が適用されていませんが、初めてがんができた患者にも光免疫が適しているかもしれません」
-課題はないのでしょうか。
「現時点では三大療法を施した後でしか使えないため、患者の状態が厳しい場合が多い。また、画像では正常に見えた部分にもがん細胞が隠れていて、光免疫治療で破壊されると結果的に顔や首の皮膚に穴が開いてしまうケースもある。病変の範囲を正確に判断し、どの範囲にどのような形で光を当てるか、医師の判断に大きく左右されます。その意味では最先端の治療と言いつつ、とても職人芸的な要素があるのも事実です。患者本人に保険が適用されるとはいえ、薬価が非常に高額なことも課題ですね」
-今後の神戸大病院の取り組みは?
「神戸人は新しいもの好き。まずやってみようという気風があります。神戸・ポートアイランドの神戸大病院国際がん医療・研究センターに光免疫専門外来を開いた後、さまざまな診療科が興味を持ってくれています。楽天メディカルジャパンと、治療対象に既に含まれている唾液腺がんの共同研究も始めました。まずは頭頸部がんの早期の患者にも保険適用できるよう働きかけ、将来的には対象のがんが広がるよう、臨床現場からサポートできればいいと思っています」