(8)「名門」復活へ技術結集

2016/01/09 10:10

但馬牛の精液入りストロー。液体窒素で凍結され、40年以上前のものもある=朝来市和田山町安井(撮影・中西幸大)

 液体窒素の容器が開くと、白いガスがふわっと舞い上がった。

 マイナス196度の世界から、授精師の門垣重和さん(42)がピンセットで直径3ミリのストローを取り出した。素早く、慎重に。
 朝来市の兵庫県北部農業技術センター。天空の城・竹田城跡を望むこの場所が、但馬牛の質を上げ、増やすための前線基地だ。
 ストローの中身は但馬牛の精液。凍結させることで永久保存できる。0・5ccに5千万匹の精子が含まれる。母体の体温まで戻し、顕微鏡で運動量を調べることで、牛の能力を測る。
 「本年度の結果はおもしろいことになりそうですよ」と門垣さん。
 衰退の一途をたどっていた「ある血統」が、復活の兆しを見せているのだ。
 16年越しの挑戦。野田昌伸所長(60)が力を込めた。「実現すれば、但馬牛は鬼に金棒」
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 所長室に張られたポスターに、40頭の写真がずらりと並ぶ。県が管理する「種雄牛(しゅゆうぎゅう)」。上段の12頭は「基幹種雄牛」と呼ばれ、県内の繁殖農家は原則その精液のみを購入する。
 いわば神戸ビーフを支えるスーパーお父さんたち。「兵庫の至宝です」。野田所長の言葉は大げさではない。
 戦後、但馬牛の改良は雄を中心に行われている。美方郡の「中土井(なかどい)」「熊波(くまなみ)」、豊岡市の「城崎」の3血統があり、違うタイプの牛をつくり出してきた。
 しかし、消費者の好みから、霜降り度の高い中土井系に人気が集中。熊波、城崎は農家から敬遠され、どんどん数が減った。
 「このままやと中土井の血ばかり残ってしまう」。血が濃くなると弊害は大きい。センターは2000年、両系統の改良を本格的に始めた。
 「活躍するのがこの新兵器ですわ」。野田所長が胸を張る。
 06年に神戸大農学部と県が共同開発した、全国初のシステム「スーパーMSAS(エムサス)」。父と母から、どんな子牛が生まれるのか。パソコンで能力を推測できる。
 データを使えば、欲しいタイプの牛をピンポイントでつくることも可能だ。血統を残しつつ、血は濃くなりすぎない。矛盾する要請にも応えられる。
 この技術を駆使して13年度、良質な霜降りを備えた城崎系ができた。熊波系も近くお墨付きが得られそうだとか。名門復活だ。
 すそ野を広げ、高みを目指す挑戦は、着々と実を結びつつある。
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 「トップ12」のうち、センター内にいる雄牛を見せてもらった。
 最年長の「丸富土井(まるとみどい)」。人間に例えるとおよそ70歳。立ち姿は迫力にあふれる。
 牛飼い同様、但馬牛に誇りを抱く研究者たち。彼らが「われわれの考えの先を行く」と口をそろえる人がいる。連載初回で紹介した上田伸也さん(44)。県内最大の繁殖農家に、再び足を向けた。
(岡西篤志)

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