(10)地域ブランド 決め手は人
2016/01/11 10:24
上田伸也さんの育てた牛の肉を妻美幸さんが売る。「最初から最後まで牛に責任を持ちたい」=豊岡市城崎町湯島(撮影・中西幸大)
城崎温泉(豊岡市)の目抜き通り。観光客が行き交う中に、その店はあった。「牛匠(ぎゅうしょう)上田」。美方郡最大の牛飼い農家、上田伸也さん(44)の直営店だ。
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切り盛りするのは妻美幸さん(42)。2014年にオープンし、自社ブランド肉をそろえる。口溶けのよい脂が特徴だ。
贈答用の肉を買った和歌山県の女性客(58)が、牛の写真のポスターを指さした。「健康そのもの。おいしいに決まってるわね」。美幸さんが顔をほころばせた。
但馬で育った牛を但馬で提供する-。一見当たり前に思えるが、実はこれまでほとんどなかった。
「但馬、特に美方がずっと繁殖地域だったからです」
道の駅「村岡ファームガーデン」の田丸明人社長(59)が教えてくれた。地元・美方郡香美町産の但馬牛だけを扱う。
美方は母牛に子を生ませ、全国に子牛を供給してきた。肉は、地元にほぼ残らない。
しかし、時代は変わる。伸也さんを含め、肉になるまで育てる農家が増えてきた。
さらなる後押しが昨年末あった。地域ブランドを国が守る「地理的表示保護制度(GI)」。第1弾の7品目に「神戸ビーフ」と「但馬牛(ぎゅう)」が選ばれた。
「神戸ビーフと並んだ」。地元は沸き立つ。「但馬牛という最高の資源が観光に結びつけば、地域は盛り上がる」と伸也さんは信じる。
しかし、その実現には牛の数を増やさなければならない。その分、生ませて育てる担い手が必要になる。
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牛飼いの減少は深刻だ。県内の繁殖農家は10年間で3割強減った。
新規参入にはハードルが高い仕事だ。生き物相手に休みは取りにくく、牛売買の価格変動が大きい。牛舎の建設や牛の購入に多大な初期費用もかかる。
JAたじまみかた畜産事業所の田中博幸所長(56)は「担い手を見つけるのは難しく、その間に高齢農家が家業をたたんでしまう」と懸念する。
県は06年から母牛の購入や牛舎拡大への補助を実施。昨年末には廃業予定の農家から新規就農者へ牛舎を引き継ぐ制度も始めた。しかし、成果が出るのはまだ先だ。
「取り組みは数十年遅れている」。危機感を持つ伸也さん。今春、牛舎に10、20代の3人を迎える。「志を持った牛飼いを育てなければ未来はない」
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牛舎を取材するたび、感心したことがある。壁に一頭一頭の名前が書かれ、それぞれに「父」「母」「母の父」…と名が連なる。「10~15代前までさかのぼれるで」。牛飼いたちは、驚く記者に笑って教えてくれた。
血統の歴史は、地域の営みの積み重ねにほかならない。愛情を込め、多くの手をかけて到達する食の最高峰。
牛は人がつくるもの-。100年以上伝わる金言は、より広い意味を持ち始めた。
(岡西篤志)
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「兵庫で、生きる」第5部はこれで終わります。第6部の舞台は神戸三宮・元町。2月上旬ごろ、掲載予定です。