(12)自宅で最期、美談じゃない

2019/08/23 10:04

自宅で療養する川島さん(左)に体調を尋ねる徳永進医師=鳥取市野寺

 黄緑色の軽乗用車が古い民家の前に止まった。「こんにちはー」。徳永進医師(71)が車を降り、あいさつもそこそこに玄関に入っていく。リビングのソファに腰掛ける川島庸宜(のぶたか)さん(71)の前に座り、「痛みはどう?」と優しく声を掛けた。

 私たちは7月中旬、鳥取駅から歩いて15分ほどの「野の花診療所」に足を運び、訪問診療に同行した。
 徳永医師は2001年12月、自宅で最期を迎えたいと願う人たちの力になろうと、鳥取市の総合病院を退職して、診療所を開業した。診療の傍ら、在宅医療にまつわる著書を発表してきた。この連載で紹介した、小野市の篠原慶希医師(69)も読者の一人だ。
 徳永医師が川島さんの診察を一通り終え、尋ねる。「どう? 家はいいでしょ」。川島さんは末期の肝臓がんで2度入院したが、1カ月ほど前に母と妻が暮らすわが家へ帰ってきた。
 「そりゃいいわ、自由で」。川島さんが迷いなく答える。料理が好きで、退院してからは鳥取名産のシロイカをさばき、みそ汁も作った。炊飯器で蒸した自家製の黒ニンニクを毎日食べているそうだ。徳永医師は「ええことです」とうなずいて、家を出た。
 「料理してうまかったって思う。そうやって家で過ごし、末期がんが頭から離れているのがいいですな」。そう言いながら、笑顔で次の診療先へ向かった。
 徳永医師が15年に出版した「在宅ホスピスノート」には、自宅で終末期を過ごす患者との関わりについて記され、最期まで在宅を貫く難しさにも触れられている。
 尿管がんだった85歳の男性は、家族が病院での治療に見切りをつけ、家に帰ってきた。しかし男性には慢性的な腎不全があり、検査結果はだんだんと悪くなっていく。
 次第に家族の不安が増し、「どんな薬でも治療でもいいから、やってあげたい」と再び入院に切り替える。そして最期を病院で迎えた。
 夜間のトイレの介助に家族が疲れてしまい、自宅から病院に戻った女性もいる。
 「一番つらいのは患者本人だよ。死は痛々しく、とげとげしいもの。そこを隠して、家で死ぬのを安らかで穏やかという美談にしてはいけないよ」。徳永医師が私たちの目を見て、力を込めた。

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