(23)死に向き合いきれずに
2019/09/04 11:52
職員が作ったはり絵の前に立つ永井康徳医師。「医療は時代によって変わっていく」という=松山市
愛媛県の松山空港からタクシーで10分ほどの住宅街に、医療法人「ゆうの森」が運営する「たんぽぽクリニック」はあった。2000年に開業した四国初の在宅医療専門クリニックだ。
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冊子「家(うち)で看取(みと)ると云(い)うこと」は理事長の永井康徳医師(53)らが作った。全国の医療機関の研修などで利用されている。
「若い頃、へき地医療に携わってましてね…」。部屋に通された私たちは永井医師の話に耳を傾ける。
永井医師は20年ほど前、愛媛県明浜町(現・西予市)で診療所長を務めていた。半農半漁のまちだ。
当時の患者に、肝臓がんの男性がいた。病院で「1カ月しかもたない」と言われ、自宅に戻ってきた。家に帰ると体調が良くなり、1年近く過ごした。
いよいよ死期が迫ったとき、妻にこう打ち明けられた。「最期は病院がいい。病院にしようと思う」と。
「当時はね、田舎では携帯電話の電波も不安定だし、奥さんは不安だったんです。だから『僕はしばらく、どこにも行かないようにします。すぐ連絡がつくようにするから、安心して』と伝えたんです」。そして妻は、夫を自宅でみとった。
この体験をきっかけに、永井医師は在宅医療について考えるようになる。キーワードの一つは「不安」。先の肝臓がんの男性のケースのように、家でみとるのは不安、だから家族は病院を選ぶ。
「昔はね、『ごはんが食べられなくなった』と言えば、『それでいいのよ』と応えてくれる人が周囲にいました。今はそうはいかない。人間はどうやって亡くなっていくのか、死期が近づくとどう変わっていくのか。分からないと不安になりますよ」
永井医師らが作った冊子には、患者や家族の不安を和らげるように、自宅でのみとりの流れと心構えが書かれている。家族をみとった体験談も紹介する。全11章の最終章では、呼んでも反応がなくなった後、呼吸が止まるまでの過程を具体的に伝えている。
永井医師は言う。「医療者も患者も、死に向き合いきれていないんですよ。人は、いつか死ぬんです。でも、きちんと『死にますよ』って伝えないと、死と向き合えない」