(20)いろんな人を巻き込んで
2019/11/19 13:06
もくれんの家で毎月開かれる地域住民との交流会=相生市
彼女が誰かに悩みや不安を伝えられていたら、誰かが彼女に声を掛けていたら…。今年5月、神戸地裁で殺人事件の裁判を傍聴しながら、私たちはそう思った。
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被告席の山田弘子受刑者(70)=仮名=は、神戸市の自宅で認知症の夫=当時(70)=を殺害した罪に問われていた。1人で介護の不安を抱えていたという。開廷前から涙を流し、周囲に相談できる人や頼れる人がいなかったと語った。
懲役3年の実刑判決が言い渡された公判を見届け、私たちはシリーズ第三部の取材を始める。関わり合いながら、地域でつながる人たちの姿を探して。
住民がつながる一つの形が滋賀県東近江市にあった。私たちに「1人暮らしや認知症の人を、医者の往診だけでカバーするのは無理です。お互いに見守り合う関係が欠かせない」と熱く語ったのは、永源寺診療所所長の花戸(はなと)貴司医師(49)だった。
ここでは花戸医師を中心に医療や介護の専門職、ボランティア、行政の職員、そして住民たちが集まって「チーム永源寺」をつくっている。地域で暮らす人たちの情報を持ち寄り、顔を合わせて話し合う。緩い雰囲気だが、つながりは強い。
診療所の新しい所長として患者の思いにどう応えるか。悩んだ花戸医師があちこちに相談を持ちかけ、次第に人の輪が広がった。「この指止まれって感じで、地域をつなげる。どこでもできますよ」
神戸市長田区の医療法人社団理事長、梁勝則(リャンスンチ)医師(63)の言葉も示唆に富んでいた。梁医師の施設では、重い認知症になった地元の住民たちが穏やかに人生の終章を過ごしている。「ここの屋上から自分の家の屋根や知っている場所が見える。そういう環境なら、人生の連続性として『イエス』と言える最期なんじゃないかな」
認知症や重い病気になっても、それまでの営みがプツッと切れてしまわない。近くに家族がいなくても、1人暮らしでも、一人一人の人生が最期のときまで連なっていく。それを可能にするのも地域のつながりなのだ。私たちはそう実感した。
相生市で高齢者向け賃貸住宅「もくれんの家」を運営する介護事業所施設長、羽田冨美江さん(63)は明るい口調で、これからの地域社会を予言した。「1人暮らしが多くなると周りがおせっかいになる。そうなれば地域に変化が起きる。超高齢化は面白いよ」。心強い言葉だった。
一人の医師、あるいは一つの施設の働きかけが地域に広がっていく。私たちは各地でそんな光景を見つめた。
出会った人たちは、つながることで安心を得ていた。互いに干渉し合うものではない。心を配り合う関係、と言えばいいだろうか。そこに、いろんな人を巻き込んでいく。
地域でつながれば、地域が開かれる。超高齢社会へ-。つながりましょう。
=おわり=
(紺野大樹、田中宏樹、中島摩子)