(16)どんな暮らし 待ってるの

2019/12/25 10:53

吉岡史絵さんと伊織君。田中道代さんの部屋はリビングの向こうにある=神奈川県藤沢市

 遠くに富士山が見える。師走の空気が冷たい。私たちは神奈川県藤沢市にある集合住宅「パークサイド駒寄」を訪れている。小規模多機能型居宅介護事業所「ぐるんとびー駒寄」が入る団地だ。

 6階の一室で11月末、認知症の女性とシングルマザーの親子とのルームシェアが始まった。
 玄関を入ってすぐの部屋をのぞくと、田中道代さん(87)=仮名=がテレビを見ていた。若い頃の話を少しする。「銀座にいたのよ。これがいいからね」。指で輪っかを作って教えてくれる。
 東京で稼いだ後、藤沢で小さなスナックを営んだ。7年前に夫が亡くなり、古い一戸建て住宅に独りで暮らしていた。認知症の症状が現れたのは3年ほど前のことだ。
     ◇     ◇
 「ぐるんとびー」で働く孫娘(39)に話を聞く。
 今年10月、道代さんは台風19号の直撃に備え、娘夫婦のマンションに避難する。「でも台風が去った後も『帰りたくない。独りだし』と言って…」。体調を崩したこともあり、「ぐるんとびー」の宿泊を利用することにした。
 さて、どうするか。娘夫婦と同居するにはマンションは手狭だ。道代さんが暮らしていた家で、となると改修費用がかさむ。特別養護老人ホームは待機者が多く、サービス付き高齢者向け住宅は月20万円ほどかかる。「祖母の年金は月12万円で、それ以上になると両親の老後が不安になってしまうんです」
 そこへ舞い込んだのが、吉岡史絵さん(47)と息子の伊織君(9)とのルームシェアの話だ。「10回転んだら、5回見つけてくれればいい」と孫娘は言う。家賃の負担は道代さんの方が多いものの、ありがたい話だった。
     ◇     ◇
 私たちはリビングに移り、史絵さんと伊織君の話を聞くことにする。ここに来るまでは自然豊かなところに住んでいたそうだ。「今度は人間関係にどっぷり、はまってみたくて」と史絵さんが笑う。
 道代さんとは別々のスペースを使っているが、お互いの気配は感じる。「朝方や深夜にテレビの音が聞こえたりして、人がいるっていう感じがします」と史絵さん。
 「伊織も、家帰って1人より、道代さんがいる方がいいでしょ?」
 「うん。楽しい」
 どんな暮らしが待ってるのだろう。共同生活は、まだ始まったばかりだ。

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