(7)止まっていたのは、私だけ
2020/02/08 09:02
(絵本「いびらのすむ家」より)
前夫の堤則夫さんを亡くした後、西宮市の吉田恵子さん(57)は、則夫さんと一緒に行った場所を避けるようにして生活した。
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「そうそう」と思い出したように恵子さんが言う。
「私ね、夫が亡くなった後、コップにお酒を入れて置いてたんです」
どうしてですか?
「お化けでもいいから出てきてほしかった。朝起きて、お酒のコップが空になってたらいいなあって。でも駄目でした」
◇ ◇
則夫さんは出てきてくれなかった。でも不思議なことがあった。
夫を亡くした恵子さんは、自分の居場所がなくなった気がしていた。消えてなくなりたいと思っていた。
「亡くなって1年ぐらいだったかなあ。まだ全然、整理できていない時期なんではっきり覚えてないんですけど、『恵子、前、向いて行け』って則さんの声がしたんです」。恵子さんがうれしそうに話す。お化けでもいい、会いたい。そう強く思っていたから、声が聞こえたのだろうか。
その頃、恵子さんは白い陶器のケースに、分骨してもらった遺骨の一部を納め、かばんに入れて持ち歩いていた。「ある日ね、ケースのふたを開けたんです。そしたらずっと持ち歩いてたからか、骨がくずれちゃってて…。それで少しポロポロってこぼれたんですよ」
どうしよう。則夫さんの一部を少しも失いたくない。恵子さんはとっさに、骨を指でこすり取って口に入れたそうだ。
◇ ◇
則夫さんが逝って2度目の春が巡ってきた。花粉症に悩まされた恵子さんは、かつて則夫さんが入院していた病院で診察を受ける。
病院の中を歩きながら、夫の主治医がもういないことに気付く。そういえば、院内のラーメン屋さんもなくなっている。食道がんが進行し、食事を取れなくなった則夫さんに気をつかい、こっそり一人で食べた店だ。
「あー、時間って、動いてるんだなあって思いました。止まっていたのは、私だけなんだと」
恵子さんの時計がもう一度動きだす。則夫さんが逝って1年半がたっていた。